短編 | ナノ

沢田家長女 50


 ◆
   ーーE'la nostro dolore tra le fiamme.
     炎に刻まれた 我らの嘆き

 ずっと同じ言葉(のろい)が頭の中で響いていた。

 ーーSii rancore.
    恨め      ーーSii brucialo.
  ーーUccidili tutti.     燃やせ
     皆殺しに    ーーimperdonabile.
                許さない

 刺された腹部は燃えるような熱を孕み、血が止めどなく溢れ続けている。全身を走る痛みと苦しみに脳が焼き切れそうだった。体の芯は凍っているみたいに寒くて凍えそうで、視界が霞み、音が遠くなる。
 薄い炎の膜に覆われたように、思考は赤く鈍く、蝋燭から上がる煙のように遠い空へ立ち上り消えていく。
 でも。
 それでも。
 最後に見た男が胸に刻んだエンブレムが知っているものだったから。
 私が切り捨てられたことだけは、確かに理解した。
 ーーこれは誰にも見せてはいけないよ。
 ーー知られなければ君は守られる。
 そう嘯く老人の声と約束が蘇る。恨みと憎しみ、それから死ぬことへの恐怖で目の前は真っ暗になった。
 憎い。嘘つき。
 憎い。嘘つき。
 憎い。嘘つき。
 言われた通りに忘れていたのに。
 言われた通り仕舞っていたのに。
 どうして、どうして、どうして……!
 漏れ出た声は、自分でも驚くほど怨嗟に満ちていた。
 燃やせと頭に響く声が肉体を動かす。
 恨めと耳の中で囁く声が精神(なかみ)を染め上げる。
 魂(わたし)が、薪になる。
 ……ああ、溢れてしまう。
 そうして、内側から、名前(わたし)は弾け飛んだ。

 Bad END2 / Advent flame

 ◆

 それが起きたのは、大空のリング戦が終わり勝利した直後だった。
 どこからともなく飛んできた十年バズーカの爆発に、その場にいた守護者全員が飲み込まれたのだ。
 どうして、と思ったのが綱吉の最後の記憶である。

 ×××

 ふと、雲雀が目を開けるとそこは夜の並盛中学校ではなく、ただ夜だけが広がっていた。どこまでも暗闇が続いている何もない空間だ。
 より正確に言うならば、暗闇よりもなお昏く、けれど確かに輝いている、黒い極光を束ねたような光の柱がひとつだけあるばかり。
 ……行ってみるか。
 気がつけば、雲雀はその炎へと誘われるように足を向けていた。誘蛾灯に引き寄せられる虫のようで僅かな苛立ちが湧き上がるが、それでも抗いがたい魅力と、ほんの少しの好奇心、そしてひりつくような焦燥感が雲雀を動かした。
 けれど、一歩光へ近付くたびに、嫌な予感がよぎるのだ。
 光の柱に見えたそれは燃え盛る黒い炎だった。立ち上る黒い火花が柱のように見えたのだろう。やがてその中心に人影が見えてくると、雲雀の嫌な予感はいっそう大きく膨らんだ。
 思わず足を止めた雲雀の目に、黒い炎の中で薄い白金が陽炎のように揺れている光景が映る。ぼんやりと浮かぶそれはさながら蝋燭の芯のようだ。
 まさか、と疑念を振り払うようにまた一歩近付くと、余計に胸の奥がざわめいた。
 閉じ込めるように黒い鎖が巻き付いている、白く細い身体の線に。薄い肩に。雲雀は見覚えがあった。
 予感が確信に変わる。否定したくて、女の顔を見ようとまた一歩進み出る。
「……、」
 その人形めいた美しい貌を、雲雀はよく知っていた。
 自然と口からこぼれ落ちた名に反応してか、女の目が開かれる。くすんだ黄金は茫洋と宙をさまよいながら、その声の主を探している。雲雀のことが見えていないような素振りに、彼は首を傾げた。
 やがて人の気配に気がついた女ーー沢田名前とよく似た女は、かすれたような声で雲雀へと声をかけた。
「そこに、だれかいるの?」
「……いるよ、ここに」
 虚な目はやはり、光を失っていた。雲雀は存在を示すように、遮る壁のように燃え盛る黒い炎の際に立つ。不思議と熱さを感じない炎に手を触れると、女はくすんだ黄金を一つしばたいた。
「ねぇ、そこのあなた。この人のこと、死なせてあげてくれないかしら」
 ……この人?
 雲雀がそう思うよりも早く、女が蝋のように白い指先で身体中に絡みつく黒い鎖をなぞる。途端に、雲雀の目には黒い鎖が男の姿へと変化した。
 黒い鎖に似つかわしい、黒髪に黒いスーツをまとう青年だった。女を閉じ込めるように腕を巻きつけた男。その顔を見た雲雀は、呆けたように口を開いた。
「……ぼ、く?」
 同じ顔をした男が目に映った直後、雲雀の視界は再び暗転した。

 ×××

「ここ、は……」
 綱吉が目を開けると、そこは随分と荒廃した街だった。
 建物は崩れ砂と埃が舞う、全てが灰色の真っさらな街並みは至るところで黒々とした火が燻り熱を生んでいる。
 そして何よりも違和感を覚えたことは、夜なのに妙な薄明るさが辺りを包んでいることだ。
 見上げると雲一つない暗く沈んだような夜空は、空に白く浮かぶ月がぽっかりと空いた穴のようにあるだけで星の一つも見えない。
 その不気味さに、綱吉の肌が粟立つ。
「十代目!」
「えっ、獄寺君?」
「はい。あなたの右腕、獄寺隼人です。……と言っても、オレはもう少し未来の人間ですが。危険は何もありませんが、詳しい説明をしたいのでご足労いただけますか?」


20231028

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