短編 | ナノ

沢田家長女 49


 ◇

「そうだ、まだきちんと紹介してなかった子がいたね」
 白蘭は突然思い出したようにそう言うと、大仰な仕草で両手を広げた。
 白い服。白い肌。白い指先。「さぁーー」
 踊るように手が差し向けられたその先へ、自然と視線が移る。
「ーーおいで。君の紹介をしよう」
 白蘭が示す先は、いつも彼の後ろに控えていた一人の護衛だった。
 ホワイトスペルの装束を纏い、同じ色のフードを目深く被った女が、銀の装飾が施された黒いペリースを揺らしながら白蘭の前に歩み出る。そのあまりにも隙のない足取りは、人と言うよりはむしろ、そうプログラムされた機械にさえ思えた。
「あれは、ナイトクイーンだ」
 入江が言う。
「白蘭さんが自分で見つけてきた護衛なんだけど、チェルベッロ同様、その素性のいっさいが伏せられている」
 月下美人。その名の通り、暗闇に浮かぶ白い衣装は夜にだけ咲く花を思わせた。
「彼らに君の顔を見せてあげるんだ」
「はいーー」ぱさりと微かな衣擦れと共に、白く隠すように覆っていた幕が落ちた。「ーー白蘭(マスター)」
 表情のない、人形のような白皙の美貌が露わになった。
「なーー」「あはは! いいね、その顔! 僕が見たかったものだ!」
 白蘭の嘲笑すら反応できないほどの衝撃が綱吉達に走る。一瞬何を見たのか理解が出来ず、遅れて息を呑む声が漏れた。
 たった一人を除いて。
「どう、して……」
 色の抜け落ちた髪。
 ーーきっとかつては、朝焼けを束ねたような色だった。
 光の無い澱んだ瞳。
 ーーきっとかつては、蜜のような甘やかな色だった。
 額に灯る宵闇よりもなお黒い炎。
 ーーきっと、優しい黄昏色のはずだった。
「姉さん……!」
 フードを取った貌は色彩こそ違うものの沢田名前と同じだった。
 それも、過去から来た綱吉と同じ、十年前のものと。
 あの沢田名前は未来の彼女なのか、それとも過去から来た不幸な彼女なのか、彼らには判断がつかない。それでも綱吉の超直感は、彼女がそう似せて造られたものではないことだけは教えてくる。
 白蘭の隣に立つ女は、紛れもなく沢田名前本人である、と。
 それは十年後の、この時代にいる雲雀恭弥の推測が正しかったことを証明していた。
 沢田名前は死んでいない。その肉体はまだ生きているとーー
「姉さん、どうして……っ」
「……一つ訂正を、ボンゴレデーチモ。貴方の姉は十年前に確かに死にました。既に私は名前(わたし)ではない。新たなわたしに与えられた花(な)は、一夜花(げっかびじん)」
 抑揚の無い声は同じ音であるはずなのにどこか歪に聞こえた。使い方のわからない笛に空気を無理矢理通し音を出しているような違和感に、少し前まで毎日耳にしていた柔らかな声が、今はあまりにも遠く懐かしかった。
 沢田名前改め、ナイトクイーンは綱吉を一瞥したのち、後方にいた未来の雲雀へと視線を向けた。
 澱み濁りきった琥珀と昏い鈍色が交差する。
「あなたは、あまり驚かないのですね。死体が動いているというのに」
 死体と本人自ら称した通り、血管が浮かぶ肌は白さを通り越して青い。加えて何らかの術式が施されているのか、その肌は黒い炎の揺らぎに合わせて時折発光するように紋様が浮かびあがっている。
 声も、貌も、全て同じ。
 しかしその奥には確かに、憎しみの炎を揺らめかせていた。

 ×××

「ナイトクイーンの正体が、死んだ筈の沢田名前だって……!?」
「正ちゃんにも言ってない、僕の本当の秘密兵器さ」
 悪戯が成功した子供のように笑う白蘭は、嬉々として詳細を語った。手にした沢田名前の身体の悲惨さと、今に至る改造の成果を。
 研究用に分割された彼女は、それでも生きていたのだ。人の身に与えられた死の衝撃は、彼女に眠る因子を目覚めさせた。むしろそのための処置≠セったのだろう。
 それを手に入れた白蘭は自身のエネルギーを修復のリソースとして注いだ。それでは駆動に不十分だったため、さらに様々な神話や伝承のエッセンスも加えた。
 そうして沢田千夜であった肉体は、修羅開匣の完成形にして最終兵器へと改造されたのだ。
 真六弔花のリーダーとして、白蘭の理想(ゆめ)を実現させるトゥリニセッテそのものとなるために。
「トゥリニセッテに彼女を同化させ、彼女そのものを究極権力にする。この世界の真理(ルール)に人格を与えるなんて、どの世界の僕も為したことのない偉業だよ」
 まるで、新しいゲームを思いついたような無邪気さだった。
「でも、一つだけ欠点があってね。僕が名前ちゃんを手に入れることができる世界は決まってるんだ」
 白蘭が沢田名前の肉体を手に入れることができるのは、十年前のリング争奪戦時の暗殺計画が成功した場合に限る。それはどう先手を打っても変わらない、確定された歴史だ。争奪戦が起きる前だろうが、後だろうが、そのタイミングでなければ白蘭は沢田名前に近づくことすらできなかった。
「みんなの目が離れる瞬間は名前ちゃんの人生で一度しか訪れない。それ以降はどの未来も雲雀恭弥が厳重に隠してしまって、どれだけ偶然を積み重ねても手に入らないんだ。身重の身体で一人並盛から離れた時でさえ、付きまとうように雲雀恭弥の目があったのだから」
 ある一晩を除き、沢田名前は雲雀恭弥から逃れられない。それが数多のパラレルワールドを覗いた白蘭が出した結論だ。
「蘇生に必要なものもバランスも決まってる。死んだ時のあの精神状態に至るタイミングだって重要だ。この世への強い未練と、蘇ってまで殺したいと願う、強い憎悪。生前の彼女とは最も無縁な感情。正直ユニちゃんよりもレア素材だよ。……それでもこの*lにはユニよりも彼女が必要だった。彼女を真の意味で覚醒させられれば、どの世界の僕も超えられる」


20231025
20240109 修正

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