短編 | ナノ

沢田家長女 46


 ◇

「へぇ、本当に未来の僕なんだ。手合わせ願いたいな」
「いいよ。それにーー僕にはもっと、強くなってもらわないと困る」
 二人の雲雀の目が不敵に輝く。未来の自分と聞いても動じない、その上まともに話すのは初めてのはずだが、あまりにも戦闘マニアらしい会話に綱吉が乾いた笑いをこぼした。
 綱吉が笑ったことに気付いた四つの鈍色の目が綱吉に向けられる。大袈裟なほど肩を跳ねさせた綱吉に、過去の雲雀は思い出したように「ねぇ」と声をかけた。
「沢田もいるのかい? 彼女も行方不明だろ」
 しん、と空気が凍る。未来の雲雀は無表情のまま目を伏せた。
「ぁーー」
 過去から来たばかりの雲雀はまだ知らないのだ。
 名前が行方不明なっていた夜、綱吉達はそのことを知らずに次の日を迎えた。そして消えた名前を探している最中、リボーンまでいなくなってしまった。
 名前の死亡が告げられたのはその日の夜。学校も休みだったため、雲雀が知る猶予はなかったことだろう。
 過去ではまだ、昨日の今日の出来事のはずである。
「沢田名前は死んだよ」
「……は?」
「僕たちが呑気に指輪の奪い合いをしている間に彼女は殺されていた。だから未来のどこにも、君たちが帰った先にも、あの子はもういない」
 雲雀は鈍色の目を僅かに瞠ると綱吉へと顔を向けた。冗談であれば殺すと雄弁に語る視線はかつてないほど鋭く冷たい。
「本当、です。オレが知ってるのは行方不明になったところまでですけど……ヒバリさんに連絡を入れる前に、オレ達こっちに飛ばされちゃって……」
 言い淀む綱吉から視線を外し「誰が殺したの」と雲雀は未来の自分を見た。どうしてと、疑問が浮かぶより先に相手への殺意が湧き上がる。
「殺した相手はもういないよ。おそらくは、瀕死の彼女に反撃されてね」
 けれど続く情報によって、その殺意は急激に萎んだ。
 どうして、どうしてあの子が。雲雀の胸のうちで行き場のない激情がぐるぐると暴れ回る。
「ーー、」
 到底、信じられなかった。
 それが信じたくないの間違いだと気がついた時には、瞼を閉じれば鮮明に浮かぶ少女の笑顔は輪郭を失いぼやけていった。代わりに、膨らみかけた蕾が咲かずに朽ちるような喪失感と失意が広がる。
 心臓を握られることがあるとすれば、こんな感覚がするのだろう。初めて抱いた感情に雲雀は呼吸の仕方を忘れたように、息を詰まらせた。
 弱ければ死ぬ。そんな当然のことさえ、こと彼女が絡んでは受け入れ難い。
 そして雲雀は、未来の雲雀(じぶん)の目に滲む仄暗い翳の理由にようやく合点がいった。十年間、彼女の死を引き摺り続けていたのだ。おそらくは、今も。少女の面影を手放せずに生きている。
「確認は、誰が?」
 何かの間違いであることを望む、過去の雲雀の心の底の願望がつい口を衝いて出た。
「父さんが。未来の山本からはすぐ火葬になったって」
「……母親じゃなくて?」
「は、はい。母さんとオレには……その、見せられないって」
 山本から詳細を聞いた時のことを思い出した綱吉の目に透明な膜が張る。化粧では隠せない酷い惨状に、棺は閉じたまま燃やされたと。肩に飛び乗ったリボーンは小さな体で慰めるように寄り添った。
「……会うのは三年振りって……」
 何か思うところがあったのか過去の雲雀はしばし眉根を寄せて逡巡すると、誰に言うでもなく小さく呟いた。
 それを聞いた綱吉は大きな琥珀をしばたたかせる。まつ毛が弾いた涙が蛍光灯の下で輝く。
「……やっぱり僕だね。考えることは同じだ」
 未来の雲雀が口角を上げた。
「ずっと不思議でね。彼女の遺体を見たのは三年会っていない父親だけ。確か、先代ボンゴレの影武者も見抜けなかったんだろ。その男が、三年も会わなかった成長期の娘の遺体が本人だって、どうして分かるんだい」
 雲雀の声は悪魔の囁きのように甘く、蜜のように耳に染み込むと毒のように広がっていく。
「……家光は嘘はつかねぇはずだ。あれでも妻と子は愛してるからな」
「そうだろうね」
 毎日見ている母親でもなく、超直感を持つ息子でもなく、その惨状を見せたくなかった父としての感情を優先させたが故の失敗だった。
「だから僕は、死亡(それ)自体を疑っている」
 未来の雲雀の翳りを帯びた目に、狂気の光が閃いた。
「……ある時、人手が足りなくて情報部の権限が僕に回ってきたんだ。面白い話が沢山あったよ」
 薄く笑みを浮かべながら雲雀は語る。
 軍との共同開発をする予定だった生体兵器(モスカ)に始まり、匣兵器の原案、ボンゴレリングの解析結果など、表には出せない資料は山ほどあった。それぞれが影にひっそりと積み上げられた、血塗られたボンゴレの負の歴史。
「近年は人型の生体兵器も考えていたみたいでね、暗号化されていたけど解読はそう難しくなかったよ。……何が書かれていたと思う?」
 愉快そうに口角を上げる未来の雲雀の目は氷のように冷たい。そこには押し殺した憤りが今も胸に燻ったままのような、いつまでも燃え続ける埋み火にも似た静かな怒りがあった。
「被験体として、沢田名前に高い適性があるという一文があったのさ」
 それからもう一度、全ての資料を洗い出した。修正データ、廃棄資料に至るまで。ありとあらゆる手を尽くして、当時の情報を探り復元した。
「そうして、沢田名前に関する報告書が書き換えられたことが判明した。……仮死扱いだったんだ。少なくとも数年は」
「……全く有り得ねぇ話って訳でもねーな」
 雲雀が見つけたのは、一人の男の記録だった。
 田舎に隠れるように住んでいた傭兵上がりの元暗殺者。仕事の成功と共に長年組んでいた相方を亡くし引退したが、結局仕事が見つからず細々と情報屋を営んでいたありふれた境遇の男だ。
 月のない夜になると最後に殺したターゲットの霊が出てくると怯え酒に溺れていた男の不自然な焼死は、当時拡大していたボンゴレ狩りの一つとして処理されたが、自ら調査に向かった雲雀により男が何で殺されたのか、最後の仕事の内容までもが暴かれた。
「死亡に書き換えられたのは五年前。ボンゴレ特殊開発部門から荷物が紛失した時期と重なる。仮死状態のままだとしたら、まず間違いなくあの子は生きている」
 沢田名前の捜索。そして、その肉体の回収。
 それこそが未来の雲雀が過去の自分を呼び寄せた上で未来に留まる理由であり、彼が最強の守護者であると同時に、狂人と揶揄される所以であった。
 沢田名前(恋した女)の死を認められない、亡霊を愛した哀れな男。
 夜に生きる彼らにはありふれた話ではあるがーー十年も続いたそれは、あまりにも長い長い、片思いだった。
 ふいに、綱吉の記憶に白蘭の後ろにいた女が甦る。
「十年前のあの日、沢田名前はまだ生きていた。そして今も生きていると、僕は確信している」
 白い衣装を纏う女の姿が、記憶の底で揺蕩う少女と重なった。


20231004

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