短編 | ナノ

沢田家長女 44


 ◇

 使うなら一度だけ。それが未来の雲雀との約束だった。

 ×××

 白蘭の味方であるはずの真六弔花もボンゴレもヴァリアーも、敵味方の区別なく無差別に炎が吸い取られていく。
 魔レンズを装着した骸の目に見えたのは、吸収した炎がGHOSTの内部で流転する様子だった。まさに巨大なバッテリー匣。もしくはーー
「っまさか!」
 気付いた骸がユニがいる方向へと振り仰いだ。
 超炎リング転送システム。この場にいる全員の炎、それだけの膨大な炎の総量(リソース)があれば、瞬間転移は可能である。
「ーーユニのもとへ跳ぶ気か!」
 まずい、と汗が背中を伝う。蜃気楼のようにGHOSTの身体が揺らめいた。転移の兆候だ。
 轟音と共にその身から炎があふれようとした、その時。
「それはさせない」
「みんな下がって!」
 夜の帳が降りたように、辺りは薄闇に包まれた。見上げた頭上には二つの影と、天を覆うほどの炎があった。
 まるで盾のようなそれが、GHOSTから伸びる炎を吸収する手も、掻き消えようとした蜃気楼も、全て防いでいる。
 けれどそれは大空を示す橙色ではなく、宵闇の如き黒に染まる炎だ。
「十代目! お姉様!」
 獄寺が叫ぶ。
 骸は魔レンズ越しに解析するも、それは塗りつぶされたように結果が見えない。
「黒い炎……あれは、」
「時間も空間も、ありとあらゆるものを侵食する夜の炎。これなら吸収に対抗できると思ったのだけど、当たって良かったわ」
「姉さん、こっちの準備はできた」
 名前の後ろでは綱吉がGHOSTの吸収にぶつけるための零地点突破の構えをとった。

 ×××

「いやぁ、凄い凄い!」
 賛辞にしてはわざとらしい、白々しい声がした。次いで、ぱちぱちと拍手の音が響く。
「まさかGHOSTを倒しちゃうなんて。それに……名前ちゃん、君も。それ夜の炎でしょ? 超が付くほどレアなヤツ」
「あら、知ってるの」
「当然。復讐者(ヴィンディチェ)以外では初めて見たよ……存在はするけど有り得ざる八番目の夜」
 白蘭は口角を釣り上げたように笑った。それを宿したということは、彼女は一度深い絶望と怨讐に身を燃やしたことを表している。
 数多の並行世界の知識を有する白蘭は、当然彼女についても知っていた。生存する世界も、そうでない世界も。
「ボンゴレに捨てられてもまだ守ろうだなんてよく思えるよね。それだけ覚醒しちゃったら、過去に戻ったら殺されちゃうんじゃない?」
 生命エネルギーでありながら負の感情を火種とするそれは、覚悟を示す炎とは反対に怨讐の強さ、暗黒面の深さによって燃え盛る。原理的にはヘルリングと同じだ。
 それでも、白蘭の揺さぶりも意に介さず、名前は悠然と微笑み返した。
「健気なの、私」
「アハッ! それ、自分で言っちゃうんだ」
「殺される……? 姉さん、どういうことだ」
「あぁ、そっか。この綱吉君は知らないんだ。どのパラレルワールドにおいても、沢田名前はボンゴレから排斥される運命にあるってこと」
 綱吉が不安気に名前を見た。山本から聞いた絶縁状態の話、入江から聞いた養子の話、そして雲雀から一人離れた事実。未来の断片が綱吉の不安を増幅させていく。思えば、リング争奪戦に招集されたことも可笑しかったのだ。
「姉さん、」「その素直さがあなたの長所だけれど、白蘭の話を間に受けてはダメよ」
 美しい微笑みを浮かべた名前が綱吉から白蘭へと顔を向けた。
「手段が目的になってしまったことにも気付けない憐れな人。数多の並行世界を覗き見過ぎたわね、私達の未来はまだ誰にも決められていないってこと、わからせてあげる」
「いいや、決まってるよ。僕が決めるんだ!」
 微笑む名前を白蘭は鋭く睨め付けた。強がっていることくらい分かりきっているのに、それでも不敵な光を宿す琥珀の瞳が苛立たしい。
 ……いいさ、どうせ次は防げない。
 もしも彼女が黒い炎に身を焦がした状態であったなら、その特性上白蘭は不利になる。共有という能力は干渉を受けやすいのだ。けれど、これほど理性のある会話が出来る時点で、その出力は高が知れている。
「お前が何であろうと、どんな手段を使おうと、関係ない。ここでぶちのめすだけだ」
「その意気だよ綱吉クン。……でも、せっかくの戦いを邪魔されたくないから、君達は今度こそトドメを刺すことにするよ!」
 芝居掛かった仕草で白蘭が両手を広げると、宙に浮かぶ白蘭の背から放出される炎が翼を象った。三対六枚の燃え盛る炎の翼は、白蘭が新たに創り直す世界においての象徴としての姿だ。
 この世界では神の御使としての。そして、次の新たな神としての。
「さぁ、僕の糧となれることを喜んで死ぬがいい!」
 雷鳴と共に白蘭の横に再びGHOSTが現れた。
「なっ……!」
「GHOSTは他のパラレルワールドに存在したもう一人の僕さ。つまり、僕がいる限りGHOSTもまた蘇るってこと」
 殺せ、と白蘭が短く命じる間もなく、同位体の意を汲んだ巨神が再び地に這う彼らへと手を伸ばした。
「させないわ」
 吸収の手が伸びるよりも早く名前が炎の盾を展開する。夜の炎が混ざるそれは、炎エネルギーの集合でもあるGHOSTの仮想体へ滲むように侵食するが、次第に押し負け跳ね除けられていく。
「そんな、さっきは通じていたのに!」
 誰かが叫ぶ声が上空の名前達にも届いた。
 吸収対吸収とは反対の吸収対侵食。純粋な力比べとは異なり炎の能力の綱引きは、覚悟の強さに依存する。
「今の君では役不足だよ。幻ちゃんとは真逆、器が大きすぎたことが仇となったね。魂を燃やすほどの復讐心に囚われていない君が、その程度の炎で守るだなんて片腹痛いよ!」

 ×××

 決定打を欠いたまま、大空の共鳴で引き寄せられたユニが白蘭と綱吉がいる結界内に合流してしまった。
「GHOSTがみんなを殺すのと僕がユニを手に入れるの、どっちが早いかなぁ!?」
 白蘭と綱吉の力の差は歴然としている。そもそも、GHOSTを通して白蘭には膨大な炎エネルギーが流れ込んでいるのだ。
 ユニが結界に合流したことで綱吉の焦りも増していく。
 そしてそれは、名前も同じだった。
 心の底で澱のように積もり潜む負の側面を剥き出しにすることで、彼女の夜の炎はより純度を増す。その起動(スイッチ)のための対象はボンゴレマフィア。今、ボンゴレの一員として戦い盾を広げる名前には、到底力の発揮など出来る訳がない。
 ……やっぱり、やるしかないのね。
「炎に刻まれた、我らのーー」
 名前が祈るように手を組む。その炎を発現した最初の記憶を思い出す。悲嘆と絶望が恐怖に覆われ、一瞬の苦痛が永遠へと変わる。
 脳に、耳に、肌に、焼き付いて離れないそれらを呼び水として、暗い澱みから無限に汲み上げられるそれが名前という器から溢れる寸前、
「沢田」
 その背に、あらゆる恐怖を取り除く暖かな手が触れていた。
「君に、魔法をかけてあげる」
 雲雀が至極真面目な顔をして、普段の彼には似合わない言葉を口にするものだから、名前は呆気に取られたように目を瞬いた。
 ……こういうの、柄じゃないんだけどな。
 雲雀は内心そう思いながらも、身体はそうしなければならないとでも言うように、自然と動いていた。
 目線を合わせるように雲雀は膝を突くと、血の気の引いた冷たく白い両頬を包むように触れ、顔を上向かせる。
 そうして黒い炎が不規則に揺らめく額に、己の額を合わせた。
「沢田、そのまま僕の言葉だけ聞いてて」
 顔がぼやけるほどに近づいた名前の、常よりも翳り朱色を帯びた蜜色は昏く、恐怖や悲嘆、憎悪が複雑に入り混じり埋み火のように底光りしている。
「みんなが君のそれを、復讐に燃える憎悪と悲嘆の炎だと言うけれど、僕はそうは思わない」
 雲雀は祈るように囁いた。
 かつて見惚れた黄金の輝きを取り戻すように。
 彼女の精神(うちがわ)へと届けるように。
 絶望の淵に立つ少女を、引き寄せるように。
「君のそれは絶望に染まった黒い炎なんかじゃない。夜明け前の空と同じ、黎明に燃える希望の炎だ」
「ひばり、くん」
「誰が何と言おうと、君が戦う姿を見てそう思った。君さえ信じてくれたらそれが真実になる」
 日の下で見るそれは、まさに夜を凝らせた深更の闇のような黒い炎だ。けれど、月も星もない夜に包まれた世界でそれは、何よりも美しく輝く道標になる。
 そうであって欲しかった。むしろ、そうであるべきだと、雲雀は思った。
 誰よりも燦爛と輝くこの少女には、昏い絶望は似合わない。
 夜と混じり合う朝焼けに染まる大空、目を焼くほどの旭光こそが、彼女には相応しい。
「今だけでいい、僕のことだけ信じて」
 大きく見開かれた名前の目から翳りが消える。星のように輝く鈍色が映り込んだ蜜色は明るさを増し煌めいた。
「ぁーー」
 すると、名前の胸前に下がる黒い匣が、にわかに炎を帯びて輝きはじめた。呼応するように雲雀のボンゴレリングも炎が灯る。
 炎は混じり合いながら大きく燃え上がり二人を包むと、ユニ達のような球状の結界を作り上げた。それは重なった二人の影すら見えなくなるほどの眩い光を放ち、膨らんでいく。
「なんだ、それは……共鳴し結界を作れるのはトゥリニセッテを担う大空だけじゃないのか? そんな現象、今まで一度も見たことがない!」
 知らないことが起きていることに、知識欲よりも苛立ちが勝った白蘭が叫び立てる。
「白蘭、お前は並行世界の知識しか無かったが故に負けるんだ」
 夜と雲、二つの炎が混じり合うように燃える炎の球体を見上げ、リボーンは静かに、そう呟いた。
「ボンゴレで夜の炎が忌避されていたのは、大空が反転した姿だったからだ」
 元々は初代と同じ大空の炎を持っていた初代の姉は、憎悪と悲嘆、絶望の果てにその色を黒く染め上げて亡くなった。
 後に、結果として彼女の死はボンゴレを危機から救う起点となった。そのたった一度きりの功績を以てして、彼女は守護者として任命されたのだ。
 全てに染まる大空でありながら全てを染める、もう一つの大空(よる)として。
 それこそが空白のまま除外された永久欠番。
 使命は全ての空が眠る時、空白の空を守ること。
 たとえーー命と引き換えになったとしても。
 そして同時に、まるで戒めるように追加された雲の使命こそ、その夜を隠し守ることだった。
 自覚もないままに、雲雀はその使命を全うしたのだ。見事に使命に沿った彼らの関係性は、まさしく初代の再来と言えよう。
「もう一人のお前は、お前が大勢から奪ったものと同じ力で倒される。……愛という、何より大きな力でな」
「はぁ? この期に及んで愛の力? ふざけるな!」
 白蘭が激情のままGHOSTへと攻撃を命じる。
「このまま全員殺せ、GHOST!」
 ーーと、同時に。
 黒と紫が入り混じる宵の空に染まる炎の結界が破裂するように弾けGHOSTを飲み込んだ。
 弾けた結界からは名前と雲雀が現れる。立ち上がった名前の眼は炎を灯したように燦爛と輝き、GHOSTへと手を伸ばしている。その指には、夜を凝らせたような宝玉の指輪が嵌められていた。
「あれは……リング?」
「もう遅いよ! GHOSTはもう起動≠オている。大空の結界に守られた僕たち以外、外側にいる君達全人類は今度こそ滅亡するんだ!」
「それは、どうかしらーー開匣!」
 指輪に炎が灯る。漆黒に燃え上がる炎が胸に下がる匣へと注入されると、名前の手に身の丈よりも長い槍が現れた。
 灯した炎が持ち手を伝い、先端の形状が変質する。まるで生き物のように脈動するそれは、最新技術が用いられているボンゴレ匣とは対照的な、最古の神秘が用いられた祭具にして兵装。初代ボンゴレの姉の輝けるトーチ。本来は仄昏き夜を照らす灯火だったそれは、過去に憎悪に燃えたことで今は敵を倒す槍に変わっている。
 ……違う。倒すのではなく、守るための力を。
「形態変化(カンビオフォルマ)ーー」
 知らぬはずの口上が口を衝いて出た。
「ーーいえ、炎基配列(フィアンマシークエンス)拡張再編」
 名前が手にする槍が炎に解け、身体に黒い炎が灯る。
 まるで全身が燃えるように、名前は炎を身に纏った。
「攻撃形態から防御形態へ変化。結界形態へ炎圧換装ーー広範囲結界形態(モード・バリエーラ・ディフェーザ)」
 前へ突き出した手から放出された炎は凍りつきながら広がり盾を形成する。初代の零地点突破を思わせるそれは、GHOSTの爆発の衝撃から守るように結界を前方へと生成した。
「凄い、防いでる!」
 現象であるGHOSTの攻撃を防ぐには、同ランクの現象で相殺させるか防御の概念を持ち込むしか方法はない。
 けれど、どのパラレルワールドでも概念、つまり神話の解析は未だ不可能の領域だ。それが出来ていたら白蘭が手に入れたトゥリニセッテはとうの昔に起動していただろう。
「なんだそれは! 神話のエッセンスでも足さない限り……まさかお前っ」
「最後の夜はここに在り。これは、沢田名前(わたし)が示す祈り(よる)のカタチ。ーー黄昏は終わり、明ける夜に祈りは届く(イミテーション・アイギス)!」
 瞬間、夜の帳が下りる。漆黒の炎の天蓋が大空を覆い、亡霊を焼き消すほどの灼熱と閃光が爆ぜた。

 ×××

「さぁ、デーチモ。お前の枷も外そう」
 先んじて現れた夜の指輪のように、大空含む七つのボンゴレリングが原形(オリジナル)の形状へと姿を変えた。
 不意にプリーモが、大空の結界の外で防壁の展開を続ける名前を振り仰いだ。
 波打つ髪が炎の色に染まり揺らめく様は、まるで夜空に星が瞬くようだった。瞳も意思の強さを表すように黄金に燃えている。
「あぁ、よく似ている」
 こぼれた声は、郷愁と寂寥感に満ちていた。今も色鮮やかな遠い日々を思い出す。
 それほどまでによく似ていたのだ。
 朝日を表す名を持ちながら、彼の手からこぼれ落ちてしまった落陽の乙女の在りし日の姿に。
 そして、傍に立つその男もまた。
「お前が導いたのか?ーーアラウディ」


20231003

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