短編 | ナノ

沢田家長女 41


 ◇

 その子供を目にした時、雲雀は心臓を氷の手で掴まれたような気がした。
「あっピヨピヨちゃん! どこ行ってたの?」
 雲雀が人の気配を感じた奥の部屋に入ると、黄色い小鳥を頭に乗せた子供がいた。その周囲は柔らかそうなタオルケットと大きな座布団が二つ落ちている。
 光を反射してきらきらと輝いて見える柔らかそうな髪。雲雀の墨を流したような黒髪とは正反対の、朝日を束ねたような美しい色合いはここにはいない名前を想起させた。
 彼女の子供だと直感する。
 けれど、雲雀が想像した母子の横にいる父親は黒く塗りつぶされていた。
 雲雀はそこに誰も当てはめられなかった。それは、己でさえも。
 普通の家族が分からない自身が、家族を持つ想像が出来なかったのだ。
「……君、どこから来たの」
 音を立てて脈打つ心臓がうるさい。鎮めるように息を吸い込んだ雲雀は、子供へ向けてそう声をかけた。
 雲雀の存在に気がついた子供が振り返ると、日に透かしたように鮮やかな琥珀色は大きく見開かれた。

 ×××

 再会を喜んで、町に出てみんなで散策をした。
 そうして帰ってきたところで、先に戻っていたらしい雲雀が連絡通路を通って現れた。名前に用があったらしい雲雀は彼女を呼び止める。「ママ!」その後ろから聞こえた愛らしい声に、そうだったと名前が固まった。珍しく一人でいたのか、夜宵だけが駆け寄ってくるのをいつものように抱き止める。
「みんなおかえりなさい!……あれ、どうしたの?」
 地の底から響くような艶のある低い声が耳朶を打つ。
「沢田、僕と少し話そうか」
「あ、はは」
 後ろではリボーンが綱吉に「よく見とけ、あれが修羅場ってやつだ」とこそこそ話をしている。余計なことを吹き込まないでほしいと名前は内心思ったが、そう余計なこと≠考えたのが伝わったのか、雲雀の視線の鋭さが増した。
「君。少しママ≠借りてくよ」
「はぁい! 僕はきょーこちゃん達のお手伝いに戻るね、ママ、おにいさん」
 名前と瓜二つの蜜色の目が猫のように細められた。

 ×××

「戻ってみれば子供が一人でいて驚いたよ」
 もう一人います、とはこの状況では言えなかった。
「いつママ≠ノなったんだい」
「こ、こっちに来てからです……」
「誰の子供? 親は?」
 矢継ぎ早にかけられる質問に、次第に視線は下へと落ちた。常にない詰問するような雲雀への動揺から目が泳ぐ。多分そうだろう、という予測だけで誰も確信的なことは言わなかったし、結局は名前も聞かなかった。推定はあくまでも推定なのだ。
「他人にしては沢田に似過ぎてるが……君の子かい」
 雲雀の目に鋭い殺意が閃く。今まで向けられたことのない怒気に名前は恐怖で身がすくんだ。
 それは怒った雲雀が恐ろしいからではなく、嫌われたかもしれないという恐怖でのことだった。
「下ばかり見てないで僕を見て答えてよ。……ねぇ、まさか、誰との子か分からないの?」
 ……何も教えてくれなかったのは、雲雀君じゃない。
 責めるような重圧に耐えきれず、じわ、と名前の目に透明の膜が張る。同時に、どうしてと、八つ当たりに近い怒りも湧き上がった。
 ついぞ真相を言うことなく消えてしまった男と目の前の男が重なる。違うと分かっていても、一度暴れ出した心を上手く宥められない。
 怒りと悲しみに蜜色を濃く染めた名前が眦を決して雲雀を見上げた。
「確かにあの子は私によく似てるわ。でも……自分との子だとは、思わないのね」
 最後は掠れて声になっていたかも怪しかった。名前はするりと雲雀の横を抜けると、靴音を響かせながら出入り口へと向かった。「雲雀君なんてもう知らない」そんな捨て台詞を残して。
 けれど「沢田、」後ろ髪を掠めた雲雀の、思いの外近い声に足を速める。「待ちなよ」名前の身体に雲雀の腕が絡まった。骨が軋むほど強く掴まれた腕は振り払うにもびくともしない。
「離して、一人にさせて」
 振り向いた名前の目から涙がポロポロとこぼれ落ちるのを見て、雲雀はバツが悪そうに「ごめん」と謝った。
 もし雲雀が問い詰めるとしたら、その相手は未来の雲雀だ。血が上った頭はその矛先を間違えてしまった。少し下にある濡れた蜜色が悲しげに揺れている。
「言い過ぎた。今のは僕が悪い……ごめん、沢田」
 細く形の良い眉を寄せいつになく落ち込む雲雀に、名前も段々と昂った精神が落ち着いてきた。
 雲雀が見たのは名前によく似た夜宵の方だけだ。丸い頭が雲雀に似ていると名前は密かに思っているが、それはこの雲雀は知る由もない。
「未来の君の相手に、嫉妬したんだ」
 嫉妬したと言われても気付かないほど、雲雀と過ごした時間は短くない。そもそも雲雀は何とも思っていない相手に殴る以外で自ら触れるような質でもない。
 花火に始まり並中生襲撃事件、それから炎の中での出来事も。一つ気がつけば、過去の様々な出来事が連鎖的に繋がっていく。
「鈍い鈍いと思ってはいたが、気が付いてなかったのか」
 今気づきましたと言わんばかりの名前の様子に、雲雀はため息交じりにそう言った。態度で示してきたつもりではあったが、明確に口にしなかったことが仇となっていた。
「い、今気付いたもん……」
「今? それが鈍いんだよ」
 痛いほどに掴まれた腕から力が抜ける。肌をなぞるように降りた指先が名前の指と絡まり、反対の指がすり、と唇をさすった。
「まさかあの時のも、粘膜接触の感想を聞かれたと思ってないよね」
「ねんっ……!?」
 口内を蹂躙した熱を思い出した名前の顔が瞬く間に朱に染まる。嫌だった≠ゥ問われた意味を名前はようやく理解した。
「いくら緊迫した状況でも、好きじゃなきゃあんなことしないが……君の場合、考えないようにしてたのかな」
 ……もしくは、考えられないようにされていたか。
 燃える教室で横たわる姿は記憶に新しい。その後に聞いたリボーンとディーノからの情報を信じるのなら、能力の発現とその継承を封じる手段としてあり得ない話ではないと雲雀は思った。
 自分にだけ見せるガードの緩さに優越感を抱き慢心していたのは否めないが、これではわからない筈だと独り言ちた。
「理解はしたみたいだから、返事は過去に戻ったらでいいよ。猶予をあげる。それまでは僕も普段通り君に接しよう」


20231001

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