短編 | ナノ

沢田家長女 36


 ◇

「僕は死んでも君達と群れたり、一緒に戦うつもりはない。強いからね」
 おやすみ、とわざわざ言うあたりが真面目なのだと、名前は微苦笑した。子供達と共に寝ていたところを起こされた男は、こらえきれない欠伸を浮かべ気流しを翻す。
「あ、雲雀君」
 名前は引き留めるようにその袖をそっと掴んだ。無言で見下ろす整った白い顔は、辺りの薄暗さと相まって幽鬼のようにも思える。
「少し弟と話してもいいかしら。終わったらすぐに帰るから」
「……つい話し込んで、遅くならないように」
「ええ、わかったわ」
 指先から袖の端がすり抜ける。先に休むと短く告げ、雲雀は元来た道を戻っていった。
「姉さん……?」
 母と似た丸い目が見上げてくる様に、名前は薄く笑みを浮かべた。色々とあって、きちんと話していなかったことがあったのだ。
「私達のボスであるつっくんには、ちゃんと話しておこうと思ってね」
 言葉こそ家族間のままではあったがまるで臣下のような立ち振る舞いをする名前に、言われた本人以上に両脇を固めた二人の方が背筋を正した。
「名前先輩、オレら先戻ってましょうか?」
 運動部の山本らしい気遣いに、名前はゆるりと頭を振った。聞かれてこまるような内容ではない。
「大丈夫よ。あなた達、弟の両腕なんでしょう? 明日は一緒に戦うのだから言わないとーー私が戦う、その理由を」
 名前は彼らのように戦うための修行をしてきた訳ではない。
 六道骸やクロームのような幻術は使えない。
 一撃で倒しきれるほどの力もない。
 武器を持つことも難しい。
 その身に宿した炎だけが、彼女が使える力の全てである。
「修行を始める前にね、一つだけ未来の雲雀君と約束したのよ」
 絶対に死なないこと。死ぬような賭けに出ないこと。
 これが守れないなら全ての事が終わるまで眠らせて閉じ込めるとまで言われたら、名前は頷くしかなかった。
「でも、約束は約束だもの。誓ってしまったからには守るしかない」
 戦わないことを選んだ未来、それしか与えられなかった未来がこの世界の沢田名前(じぶん)だと察してしまったから。
「私は倒すことそのものは目的じゃない。どんな手を使ってでも、皆んなと生き残るために戦うわ」
 また明日と、振り返って笑えるように。

 ×××

「話は済んだかい」
 名前が財団へと続く扉を潜ると、壁に背を預けた雲雀が待っていた。
「……うん」
 先に寝ていてよかったのにと思わなくもなかったが、思えば雲雀はいつも名前を待っていてくれた。その分、待たされることも多いのだが。
「ねぇ、やっぱり言わなくていいの?」
「必要がない」
 今夜、ミルフィオーレからの先制強襲があることを知っているのは雲雀達だけだ。
 クロームの鞄にグロキシニアの追跡装置があったことには、当然笹川は気がついていた。その笹川から連絡を受けた雲雀が即座に選んだのは、敵勢力の分散だった。
 勇足で攻めてくる敵の陽動のために、一人戦うことを雲雀は即決で選んだのだ。
 全ては、少しでも安全に、綱吉達が潜入できるように。
 優しい雲雀らしいというか、戦闘狂(バトルマニア)らしいというべきか。スケジュールが詰まってると言う割に、寄り道が多いところは変わらないと名前は思う。
「明日、黒い炎(あれ)は僕がいない所では使わないように。今の君は一発勝負に変わりはない。ここぞという時まで隠すんだ」
「ええ、わかってる。……ねぇ、雲雀君」
 別れる直前になって、名前は立ち去る雲雀の袖をそっと掴んで引き止めた。
 雲雀の心配はしていない。彼はそもそも、強者との一対一(タイマン)を好みつつも、自分一人対複数の乱闘を得意とする一騎当千の猛者だ。敵は強ければ強いほど、多ければ多いほど研ぎ澄まされていく。それは三年間後ろで見てきた名前がよく知っている。
「なに」
 だからこそ、拳を振るうことすらもしたことのない名前を鍛え上げた未来の雲雀に、ずっと言いたかった。
 きっとこれが最後になる。そもそもがボンゴレリングと可能性に満ちた過去の彼らを未来へ呼び寄せることを目的としている以上、守護者全員が過去と入れ替わる必要がある。誰も名前には言わなかったが、それは雲雀も例外ではないはずだ。
 それがいつ起こるのか、名前は確信していても聞かなかったし雲雀も態々言うことをしなかった。
 作戦は明日。けれどもスケジュールはもう始まっている。
「……ありがとう。いつも助けてくれて、本当に感謝してるわ」
「どういたしまして。……おやすみ、名前」
 はっと顔を上げた時にはもう、雲雀は襖の奥に消えていた。


20230928

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