短編 | ナノ

沢田家長女 35


 ◇

「準備はいいか」
「はい」
 いつもの装備に加えて腰にショットガン、匣兵器を携えたラルが名前へと向き直る。対して名前は長袖の耐炎インナーの上にトレーニング用の簡素な服のみだ。太腿までを覆うのは、技術部から試験提供された身体機能向上用の炎熱変換式の強化ブーツだが、それも匣兵器を前にしては高が知れている。
 雲雀は武器すら渡さなかったのか。やはり戦わせる気はないのではないか。彼女のあまりの無防備さに眉を顰めたラルが名前に尋ねた。
「お前の武器はどうした」
「ーーここに」
 美しい顔に浮かぶ笑みが深まる。
 名前の両手両足に、純度の高い橙の炎が灯った。

 ×××

「あれ、そういえばラルは?」
 今日も今日とて雲雀に叩きのめされている綱吉は、いつもいるラル・ミルチと草壁の姿が見えないことに気がついた。
 いるのは雲雀と、リボーンだけ。まさかまた具合が悪いのではないかと胸が騒いだ。
「あの子を見てるよ」
「え、姉さんですか?」
 予想外の返事に綱吉はぱちりと目を瞬く。今までは名前が気絶という名の休憩をしている間に雲雀は綱吉の相手をしていた。
「名前が作戦に参加できるのか、本人の希望でラルがテストしてんだ。あいつはまだヒバリとしか戦ってねーからな」
「……君との手合わせを終えるにはまだ早いが、見に行こうか。立ち回りのヒントにはなるだろう」

 そうして雲雀に連れられた綱吉が足を踏み入れたのは、トレーニングルームではなくそのコントロールルームだった。
 操作パネルの前に座る草壁は様々な計器の数値を監視し、微調整を行っている。
「ここって、獄寺君とビアンキが最初に修行してたとこの隣……?」
「はい、ここは獄寺氏が設計したもう一つのトレーニングルームです」
 小さな呟き声だったが、聞こえたのだろう草壁が答える。
 全方向から掃射される追尾式の光線と粒子砲。そして不規則に展開される、行手を阻む簡易結界。敵性個体の再現シミュレーションによる擬似戦闘。その上パネル操作により酸素濃度すら変更できた。
 へぇ、と草壁の説明を聞いていた綱吉は、その設備の悪辣さに顔を引き攣らせた。未来の獄寺は何を思って作ったのだろうか。
「今は追尾式光線と粒子砲、結界を設定しています」
 光線を気にしながら完全武装のラル・ミルチと戦う。純粋な戦闘能力だけでなく、極限状態となる戦場での判断を見るためのものだ。
 その試験官は、結界であろう薄い膜の向こうでもう一体の雲ムカデに守られながら仁王立ちしている。
「ラル・ミルチは結界内にいるうちは手を出さないつもりのようです」
 綱吉が強化ガラス越しに見下ろすと、襲いかかる雲ムカデの二体を相手取る名前が見えた。綱吉が今まで見たことがないほどの必死の形相だ。それもそのはず、周囲では壁面から放たれた光線が縦横無尽に飛び回る名前を追尾している。
 逃げねば撃墜される。けれど逃げてばかりでは進まない。
「自分を狙う光線もちゃんと上手く使っているね」
 どうするのかと思えば、満足気に言った雲雀の言葉で綱吉も気がついた。
「だが、生温い。これじゃあ、あの子は直ぐに慣れるよ」
 モニターに向かい操作する草壁の後ろに立った雲雀が操作パネルへと手を伸ばし何かの数値を変えた。表示されたエラーを手早く二度承認する。
「恭さん!? それ以上は今の彼女には……」
「できるさ。今のあの子ならね」
 楽しげな雲雀に、綱吉は目下で奮闘する姉へと深く同情した。同じスパルタではあるが、ラルはまだ手心を加えてくれていたことを実感する。
 ーー迎撃システム起動。
 ーー高濃度圧縮粒子砲、自動追尾。
 ーー追尾式光線銃、全弾連続掃射。
 機械的な音声が流れる。
 途端に、名前目掛けて全ての光線が射出された。

 ×××

 降り注ぐ無数の弾道の隙間を避けるように上空へと名前が飛び上がった。光線銃は名前を追うようにその弾道を地面すれすれで変更し、再び天井へと戻る。ただ一点、名前を狙って。
「っ……!」
 そのあまりの数の多さに避けきれないと判断した名前の指先から、大空の炎が広範囲に放出された。盾のように広がったそれが突き上げるような光線の弾幕から名前を遮る。
 立て続けに起こる爆発の威力は凄まじく、爆風により名前の身体は強制的に浮き上げられた。その勢いすら利用し空中で身を捩り回転すると、そのまま全方向から向けられる光線を前方へと放出した炎の盾で相殺していく。
 雲ムカデを巻き込んだ爆発は一瞬、蠢くムカデ二体の視界とこのトレーニングルームに巡らされている感知レーダーから名前を隠した。
 その隙を逃さずに名前は一体のムカデへと急接近する。
「っ凍れ……!」
 名前の額に揺れる炎が瞬く。水に深く潜るように、死ぬ気の炎をマイナスへと反転させる。
 急速に回転した排煙機能により煙が晴れた時には、氷漬けにされたムカデがラル・ミルチの手元へと戻っていた。
 ……思ってたより早く来たわね。
 名前がコントロールルームへと視線を滑らせると、草壁の後ろには予想通り先ほどまではいなかった雲雀の姿が確認できた。
 急に激しさを増した攻撃はおそらく彼が原因だ。綱吉の特訓が終わるにはまだ早いため、おそらくは見学をさせる気なのだろう。
「おい、休んでいる暇はないぞ!」
 未だ破るどころではない結界の奥から声が張り上がると同時に、残された雲ムカデが襲いかかってくる。それを粒子砲をガードした勢いを使って飛び上がり避けた。
 壁を走る雲ムカデは一体だけだ。開始して直ぐは四体いたが、今は二体が残るのみ。うち一体はラルを守るように円筒状に展開された結界に張り付いている。
 電力が充填され、再び光線銃の一斉掃射が始まった。
「っ……はぁああ!」
 重力に従い落ちながら前方に展開した炎の盾を消す。
 身を掠める光線が肌を焼く感覚に歯を食い縛り耐える。
 爆発の威力でスピードを増した名前が雲ムカデへと足を鞭のようにしならせて叩き込んだ。
 吹き飛ばされたムカデが結界を破りながら壁へとぶつかる。追うように炎の出力を上げる名前。その速さは閃光のようで、下から見ていたラルは一瞬見失うほどだった。
 光速にも届く加速による威力は大きく、鈍い音を立てて足を覆う強化ブーツが砕け散る。名前は気にも止めず、暴れのたうつ雲ムカデを両手で押さえ込むと、その胴を貫かんと炎の勢いをさらに上げた。
 ミシ、とムカデの体にヒビが入る。軋んだような音が上がったのち、雲ムカデは消えるように匣へと戻った。
 戦闘の高揚感から爛々と輝く琥珀の目が、ラルを捉えた。
 気付けば、反射的にガントレットを撃ち込んでいた。
 飛び出した雲ムカデの影に隠れた追尾弾は、名前の炎に吸収され弾だけが転がり落ちる。
 ぼう、と瞬くように炎が揺らめいた。
 零地点突破の兆候だ。その威力を知るラルが身構える。けれど、あれは威力に対し隙が大きいこともまたラルはよく知っていた。
「行け、ザムザ! あれを使わせるな!」
 けれどそれは、間に合わなかった。
「なっ……!」
 宙に浮く名前の周囲でとぐろを巻いたまま、ラルの雲ムカデは瞬間的に凍りついた。綱吉のようにノッキングするような不規則な炎の放出が殆どなく、死ぬ気とは逆のマイナスへの移行の圧倒的な速さにラルは舌を打つ。
 最後の一体になるまで、機を窺っていたのだ。
 その思惑通り動揺したラルへ、結晶の奥から炎にも似た黄金が二つ、視線を投げている。
 ぞっとするほど美しい光に、ラルの背にぞくりと冷たいものが走った。
 炎が消えた瞬間にラルは再びガントレットを撃ち込んだ。その合間に距離を取り、使う予定のなかった予備の雲ムカデへと炎を注入する。
「悪いがまだ終わってはいない。お前の手の内、全部見させてもらうぞ!」
 心臓がバクバクと脈打つ。
 戦闘の高揚感とは異なる、命を狙われているという緊張感。黄金の目がどこにいてもラルを狙っているという錯覚に、剥き出しの殺意が肌を刺した。
 飛び出した雲ムカデの巨体が名前へと迫る。
 先ほどの零地点突破で力を殆ど使い果たしたのか、避ける動きにキレはない。
 雲ムカデを援護する形でガントレットから弾を射出する。名前は前方に放出した炎の盾で防ぐが、それこそラルが狙ったものだった。
「それは炎を吸収する弾だ」
 強制的に名前の死ぬ気状態が解除される。
「そうーー手伝ってくれて感謝するわ」
「なんだと!?」
 死ぬ気状態が無(ゼロ)へと戻される。その反動を使って、名前は再度、強制的に零地点突破を試みた。
 その賭けは成功し、名前を締め付けとぐろを巻いた予備の雲ムカデが瞬く間に凍りついた。
 その中に、名前を閉じ込めたまま。
「これは終わった、のか……?」
 今更ながらにテストであったことをラルは思い出した。
 氷の奥から炎が消えるのを目視する。ゴーグルに備えられた探知機能にも引っかからないことを確認した。
 ほっと安堵の息を吐いた瞬間、軍人としての勘が避けろと命ずる。
「っまさかーー!」
 けれど、疲労から足が動かない。
 その一瞬の隙を突いて、炎が舞った。
 ぱりん、とラルのゴーグルが砕け散る。
「ーー!!」
 戦場であれば死んでいただろうと思う。
 見ると、凍りついた雲ムカデの隙間から、その一点を狙う黄金の瞳と目が合った。
「……粘り強い、お前の勝ちだ。作戦の参加を認めよう」


20230927

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