短編 | ナノ

沢田家長女 33


 ◆

「並盛中学校保健委員長、沢田名前。見つけたーー」

 ×××

 新学期が始まって少しした頃。恒例の委員長会議も流血沙汰にならず、つつがなく終わった日の帰り道。見回りに行く雲雀と校門で別れた名前は、母から頼まれたお使いのために商店街を歩いていた。
「すみません、少しよろしいですか」
 不意にかけられた声に、名前は思わず足を止めた。
 いつもなら聞こえなかったことにする見知らぬ異性の声だが、不思議とその声には足を止めてしまったのだ。名前は思わずよく通る声だな、と感心した。つい惹きつけられる不思議な魅力は、人の意思を容易に変えさせる。
「……はい?」
 身を包むのは特徴的な緑の学ラン。黒曜中だ。すらりとした背を見上げると、人好きのする柔和な表情を浮かべた黒髪黒目の少年が立っている。
 その印象の違和感に、名前は内心で首を傾げた。
「最近越して来たばかりで、この辺りの地理に疎いものでして……道を教えていただけませんか?」
「私もさほど詳しくはないですけど、どこまでですか?」
「おや、そうなのですか? でもその制服、並中生ですよね。なんでも、風紀委員長が不良でとてもお強くて有名だとか言う……」
「そちらとあまり変わらないですよ、中学生ですから。それで、何処に行きたいんですか?」
 何か誘導されている気がした名前は曖昧に微笑み、無駄話をするつもりはないと用件を急かした。
「これは失礼。では、ご案内いただけませんか?ーー黒曜センターまで」
「ぁーー」
 名前が見上げた先、黒々とした目は滲むように赤と青のオッドアイへと変化する。途端、ぞくりと悪寒が背筋を走る。
 逸さなければと思う一方で、名前はこうも思った。
 ……この程度なら、私の方が、上。
 何故そう思ったのかわからぬままに、名前はじっと男の赤い右目を見つめる。その様子に目を逸らせないと思ったのだろう、歪んだように弧を描いた仄赤く底光りする目が、黄金と重なった。
「っ!」「なーー」
 途端、名前の目に焼けるような熱が走った。まるで断線したモニターのように視界が明滅する。
 それは男の方も同じだったようで、赤い右目を押さえて低く唸った。
「ぐ……僕のマインドコントロールが解除(レジスト)された……? まさかお前ーー!」
 燃えるように熱を帯びた目を押さえ、男が顔を上げる。確信したような声を覆うように、夜空に浮かぶ月のような目が、六道骸を覗き込んでいた。


20230926

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