沢田家長女 31
◇
「ヒバリさん!」
「君と契約できないのが惜しいですね」
骸が冷然とした笑みを浮かべると、雲雀の頭上、部屋一面に咲く満開の桜が出現した。
「桜!? まさかヒバリさんのサクラクラ病を利用して……!」
春に雲雀に膝を突かせた時に発病したそれは、男は診ないと理由をつけて未だに治されていなかった。
無数の花弁が雲雀を囲むように舞う。それを見上げた雲雀の身体は途端に硬直した。見開かれた鈍色の目に薄桃色が映り込むと、
ーー今は私だけを見てて。
今も記憶に残る甘やかな声が、黄金に染まる蜜色の眼差しが、雲雀の硬直を優しく解いた。
……見てるさ。今も昔も、きっとこれからも。
脱力しふらついた足は、しっかりと地面を踏み締めていた。
その変化に骸は警戒するように目を細める。立ち上がれないよう念入りに骨を折った筈だったが、今なお気力だけで立っている男の意地と身体能力(フィジカル)は、眼の力を使ったとしても骸を上回っていると認めざるを得なかった。
「ねぇ。それ、僕にはもう効かないよ」
吹雪のように花弁が舞い散る中、雲雀の鈍色の目に殺意が閃く。
幻覚を振り払うように骸を見据えると、幽艶に枝垂れ咲き誇る桜は瞬く間に光輝く粒子となり、空気に融けるようにして消失した。
幻術に匹敵するほどの自己暗示。意思の力だけで幻術を打ち破ったことに、骸は小さく嘆息した。
強烈な自我や揺らがない強固な信念がなければできない芸当だ。
「素養もないのに僕の幻術を自力で解くとは。本当に末恐ろしい男だ、君は」
「桜よりも目が眩むものを知ってるだけさ」
「クフフ、それほどに強い想念(イメージ)を持っているのなら、君は案外術士向きかもしれませんね」
×××
「君はマフィア向きではありませんね。君自身はあまりにも甘すぎるし、他人の痛みに敏感過ぎる」
「そんな、ヒバリさんの中にまで!」
右目に六の文字が浮かんだ雲雀が立ち上がろうとして、そのまま床へと崩れ落ちた。トンファーを握ることもできず、支えるように突いた手は小刻みに震えている。
骸の意思では立ち上がることさえままならなかった。
……この姿なら、姉の方は簡単に手に入ると思ったのですがね。
どう考えても骸に足の感覚はない。いったい、どうやって桜の中で立ち続けていたのか。
「これで戦っていたとは、本当に恐ろしい男です。それに、やはりこの体は使い物になりませんね。……あまり長居すると僕≠ェ押し出されてしまいそうだ」
そもそも波長が全く合わない。加えて、おそらくは人より生命エネルギーが多いのだろうと骸は思った。
雲雀の肉体には骸の意識が入り込む容量がそもそも残されていない。こうして消耗した隙に潜り込むことが精一杯だった。それももう、限界である。
雲雀の目から六の文字が消え、彼は今度こそ気絶するように倒れ込んだ。
20230924
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