短編 | ナノ

沢田家長女 30


 ◇

「どういうことだよ!?」
 了平の見舞いに急ぎ病院へと駆けつけた綱吉は、一先ずの無事に安堵していたらリボーンから否定の言葉を告げられて思わず大きな声を上げていた。
 その声は集まった並中生の声のさざめきの中でも目立ったのだろう。さっと向けられた数多の視線に綱吉は口を押さえると、リボーンを連れて人気のない場所まで移動した。
「喧嘩を売られてんのはツナ、おまえだぞ」
「な、なんでオレが?」
「こいつを見てみろ」
 リボーンから差し出された一枚の紙を見る。
「並盛中ケンカの強さランキング? これってフゥ太のだろ」
 綱吉は上に書かれたタイトルを読み上げた。いつかのフゥ太が占ったランキングと同じものだ。これが一体何の関係があるのかと首を傾げ、ややあってから、心当たりに再び声を上げていた。
「フゥ太……ってことは、まさかマフィア関係かよ!」
「そこは気が付いたな」
 リボーンが頷く。
 マフィアに課せられる絶対的な掟。それにより最重要秘匿事項であるフゥ太のランキングは、決して外部に漏れることはない。
 そのランキングが今、利用されているのだ。
 並盛にいるマフィアは綱吉だけではない。ボンゴレに関係がないかもしれないという可能性に綱吉が至る前に、リボーンは続けて告げた。
「この通りだとすれば、名前も危ねぇ」
「なんで姉さんが! どういうこと!?」
「よく見てみろ」
 リボーンの小さな指が示したのは一番下。余白の枠に紛れるようにして、小さな一文が載せられていた。
「これ……!」

 ーー番外 沢田名前 保健室内に限り1位

「今朝襲われた了平は五番目だ。順番通りなら名前が襲われるまで時間がある。それに、シャマルがいる以上滅多な事は起きねぇ。だからおまえは先に獄寺のところへ行け」

 ×××

 救急車を見送った名前の白衣が風で翻る。これで十九人目と、手にしたボードに簡単に情報を書き込んだ。複数箇所の骨折に細かな針による刺し傷、そして抜かれた六本の歯。
 時刻は七時を過ぎた頃。朝練の生徒が少しずつ見え始めるが、弟の綱吉はそろそろ起きるかどうかのいつもより早い時間帯だ。名前も普段であれば朝食をとっているが、今日に限り、贅沢にも雲雀のバイクに乗せてもらい登校する形となった。ボロボロの状態で学校までたどり着いた者が数名ほどいたのだ。
 そもそも、土日の間で何人もの生徒が病院へと搬送されていたことは、名前は雲雀からの連絡で既に知っていた。
 喧嘩が強い印象のあるものばかりを狙った犯行に加え、歯を抜きカウントダウンをするという悪趣味な方法は、まるで雲雀に喧嘩を売っているようでもある。
 聞いていた名前ですらそう感じたのだから、きっと雲雀はもっと前から気がついていたのだろう。
「全員送り終わったみたいだね」
 見回りに行っていた雲雀が戻ってきた。「おかえり」と声をかけると、不機嫌そうに引き結ばれた口がかすかに緩んだように見えた。
「ただいま。それで、どうだった?」
「数はバラバラだけど、やっぱりみんな歯を抜かれていたわ。今の彼は六本だから……次は五本かしら」
「だろうね」
 選ばれる基準がよくわからない以上、対策のしようがなかった。これまでの負傷者は喧嘩が強そう、あるいは不良といった頑丈そうな人間が多くはあるが、あまりそう見えない穏やかな者もいたのだ。
「向こうの潜伏先も殆ど割れてる。僕の予想が正しければ隣町の廃墟だろう」
 狙いも目的もわからないが、何者かが雲雀へ喧嘩をしかけていることだけは、二人ともはっきりと感じていた。
「……ねぇ、乗り込むの?」
「当然。並盛の風紀を乱すやつは僕が咬み殺す」
「そう、よね」
 不安と憂慮に名前の顔が曇る。揺れる蜜色が手にしたバインダーから鈍色を見上げると、同じように向けられた雲雀の視線とかち合った。
「怖いなら、沢田はいつも通りクラスか保健室にいるといい。……腹立たしいけど、あの保健医でもいないよりはマシだ」
「ーー、」
 そうではないのだと、伝えたいことが上手く言葉にできずに口籠もる。
 心配していると伝えれば、雲雀はきっと信じていないのかと怒るだろう。こと戦闘においての気位の高さは名前もよく理解していた。
 救急車のサイレンは既に遠く、朝のしんとした静けさが二人を包む。「あの、」意を決して名前が口を開いた時、その後ろから、馴染んで久しい軽薄そうな声が聞こえた。
「おう、名前ちゃんに坊主。お前ら朝早ぇな……青春か? 散れ散れ!」
「……シャマル先生」
 雲雀の意識が名前からシャマルへと向けられる。振り向いた名前が一礼すると、その脇を雲雀がするりとすり抜けた。
「じゃあね」
「あ、うん。……行ってらっしゃい、雲雀君」
 名前は最後まで、気をつけての一言が言えなかった。
 憂い顔のまま雲雀が去った方を見つめ続ける名前の、かつての自分と同じあまりにも覚えのある表情にシャマルはそっと息を吐いた。
 自分への見返りを求めている訳ではない。ただ、少しでもその身を案じる者がいるということを、省みてほしい。
 ……見送る側の気持ちは、オレにもよくわかる。
 理解されることのない、報われない重石を抱え続けるのは、酷く疲れるのだ。だからシャマルは手放してしまったが、彼女はきっと無理だろうなと、恋多き人生の経験からそう直感した。
「……なぁ、嬢ちゃん。どうしても破れねぇ約束があってオレは大っぴらに面倒見れねぇが、保健医から保健委員長への指導って名目でなら、色々教えてやれるぜ」
 保健室利用者の大半は風紀委員、つまり男である。男は診ないと公言してやまないシャマルは、たまに保健室に来ても殆どの職務を放棄していた。気まぐれに保健委員の女子生徒へ指導する程度で、後は教師生徒問わずナンパに明け暮れる日々。
 働けばちゃんとしているのに。それが保健委員から見たシャマルの評価だった。
「あの坊主にはもったいねぇくらいの可愛い子ちゃんに、そんな暗い顔ばかりさせるのは男が廃るからな」
「ふふ……なんですか、それ」
 ぱちりとウインクをしたシャマルに、名前の顔にようやく笑みが浮かんだ。 


20230918

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