短編 | ナノ

沢田家長女 29


 ◇

「うわ!! 誰か消火器持ってこい! 火事だ火事!」
 じりりりり、とけたたましい警報器の音が鳴り響いた。
 調理実習中、一つの班が手順を無視した結果フライパンへ注いだ調理酒が引火したのである。更に、引火に驚いた生徒は手にしたボトルを取り落とし、燃料を与えられた火柱はより大きく燃え上がった。
 それは不運にも、洗い物をしていた名前の真後ろの班だった。
 驚いたように振り向いた名前の目に天井近くまで立ち上る火柱が映る。ごうごうと燃え上がるそれを前にして、名前は縫い付けられたように動けなかった。
 ……もえてる。
 じり、と頭の中で何かが焼き付く音がする。かつてどこかで、似たようなものを見たことがあったような不快な既視感。自分はこれを知っている。
「ぁ……」
 鮮やかな炎。
 ■■が燃える色。
 ーー名前(わたし)の、■■。
 名前はふらふらと吸い寄せられるかのように火柱へと足を進めた。焦点の定まらない目が虚ろに炎を見上げている。
 名前が求めるように炎へと手を伸ばした時、持ったままの包丁が手から滑り落ち、足を傷つけて床に落ちた。
「っ……!」
「ーー沢田!」

 ×××

 調理実習後、別の要因も重なり保健室は体調不良者と怪我人で溢れかえっていた。
 名前も怪我人ではあったが、身に覚えがあるのは取り落とした包丁が刺さった切り傷。それから、雲雀が絶対にあると主張した手の火傷だけだ。普段の雲雀達に比べれば軽症どころか無傷である。
 当然委員長として名前は仕事をしようとしていたが、見咎めた雲雀に止められ、さらに二人の会話から事態を把握した後輩達により結局部屋から追い出されることとなった。
 そうして手を引かれ向かった先はいつもの応接室だ。
「入って」
 雲雀は併設された給湯室に名前を押し込むと、軽々と腰を抱えて流し台に座らせた。水道で手を冷やしながら、同時に足の処置もしてしまおうということらしい。
 名前は何度も火傷はないと手のひらを見せるが、雲雀は断固としてそれを認めなかった。まぁいいかと、雲雀の指示に従い流水に手を濡らす。
 真夏の気温に温められた水は、暫くすると冷たさを取り戻し名前の手を冷やした。
 そうこうしているうちに、雲雀は応接室から持ってきた救急セットを名前の膝に置くと足元にしゃがみ込んだ。上履きを脱がされ、血が滲む靴下も取り払われる。
「まさか、風紀に手当てされる日がくるなんてね」
「僕も君に包帯巻くとは思わなかったよ」
 晒された白い素足に雲雀の指が滑る。ふくらはぎを掬うように持ち上げると、そのまま膝に乗せ消毒液を染み込ませたコットンで乾き始めた周囲の血を拭う。
 その妙な体勢の気まずさに、名前は静止するように雲雀の肩に触れた。
「ね、ねぇ……私、本当に火傷なんてないわ」
 あの雲雀恭弥を跪かせている上に素足を乗せているなんて、誰かに見られたら大変な騒ぎになるだろう。
「僕の目には火に手を突っ込んでたように見えたけど、気のせいだったかな」
 名前は殆ど無意識だったとは言え、それは事実だった。
「ほら……料理人が熱湯に指入れても平気なのと同じよ」
「へぇ? じゃあ、後で確かめるよ。でも、これが終わるまでは冷やしてて」
「うぅ……本当なのに」
 包帯はきつく、けれどゆっくりと時間をかけて丁寧に巻かれた。


20230917

- 47 -


[*前] | [次#]
ページ:



[戻る]

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -