短編 | ナノ

沢田家長女 28


 ◇

「花火見れなかったの?」
「うん。人多くて酔っちゃって」
「見回りしてる時に見つけた穴場、教えようか」
「いいの?」
「来年も覚えてたらね」
「なぁに、それ。覚えてたら案内してくれるの?」
「……君がいいなら、いいよ」
 それは、積み重なる日常に流されてしまうような、些細な約束だった。
「嬉しい。約束よ、雲雀君」

 ×××

「あれ、姉さん夏祭り行くんじゃないの?」
 当日は前からの約束があると、屋台の参加を断った名前がダイニングでうたた寝をしていた。綺麗に結い上げられた髪はきっと母が整えたのだろう。左右の編み込みにシニヨンと随分手が込んでいる。
「ふぁ……花火だけね。なんだかお母さんが張り切っちゃって、浴衣着たら疲れちゃった」
 欠伸をかみ殺し立ち上がった名前が「見て」と言いながらくるりと回る。
 生成りの生地に臙脂の大輪の花が咲いているものは綱吉にも見覚えがあった。腰を飾る深い濃色の落ち着いた帯は母親のものだろう。
「つっくん見て、靴擦れ対策もばっちり」
 見せるように上げた足はレースの足袋に包まれ、白い肌に映えるネイルが透けている。
「いつも綺麗だが、今日はとびきり綺麗だぞ名前」
 さらりと出たリボーンからの賛辞に名前が照れたように笑う。身内の贔屓目を差し引いたとしても美しいと思う姉の姿は、薄く施された化粧とうなじに垂れる後毛のせいか、綱吉にはいつもよりいっそう大人びて見えた。
「姉さんは友達と?」
 女子の集まりほど気が抜けないのだと言うビアンキの言葉を思い出す。
 けれど、綱吉の予想とは反対に肯定も否定もせず、ややあってから名前は薄く微笑んだ。

 ×××

 引ったくり犯を無事とは言えない状態にして確保した雲雀がおもむろに綱吉の方へと向いた。美しく整った顔に浮かぶ冷たく鋭い鈍色に背筋が凍る。
 風を切るトンファーに、もはや条件反射で威嚇を始めた獄寺を綱吉は必死の思いで押さえた。第二ラウンドが始まることもなくトンファーは短く収納される。
 綱吉が良かったと息を吐いた時、誰かを探すように辺りを見回していた雲雀が首を傾げた。
 その仕草がなぜだか名前と重なり、綱吉はぶんぶんと首を振りそのイメージを追い払う。こんな凶悪な男となぜ似ていると思ったのか、自分が信じられない。
「ねぇ、沢田は一緒じゃないの?」
「は、はい? オレ?」
「違うよ。君は弟の方でしょ」
 ああ、と思った。何かと勧誘をする笹川兄も同じだが、そう言えば名前も雲雀も同じ学年だったことを思い出す。
 ……この人と三年間同級生なんだよなぁ。
 綱吉が家庭で聞く学校での話にはヒバリ≠フ名前は出たことはななったけれど。
「先に約束してたみたいで、多分そろそろ来ると思いますけど……」
「ふーん、そう」
 雲雀はそれだけ聞くと、不機嫌そうに踵を返した。
「えっ、ヒバリさん!? なんだったんだ……?」
「ツナ、鈍チンだな」
 呆れたように言うリボーンに、綱吉はなんでさと声を上げた。

 ×××

 レースアップが可愛くて選んだサンダルを履いた名前が並盛神社境内入り口に近づくと、鳥居に背を預けた雲雀が暗闇の中から現れた。
 まさか、と思う。期待半分、諦め半分。揺れる心のまま、名前の存在に気がついた雲雀へ、まるで偶然会ったかのように彼女は微笑んだ。
「雲雀君、お疲れ様」
「見回りついでに探してたんだけど、どうりで見つからないわけだ」
 ……あぁ、覚えててくれたのか。
 まるで待っていたかのような言い方に、名前は嬉しさから口角が勝手に上がるのを感じた。
「今日は毎年忙しいでしょう。邪魔しちゃ悪いもの」
「君、そんなこと気にしてたの?」
 昼寝をしていても問答無用で起こしに来る保健委員長と同一人物とは思えない言い分に、雲雀は呆れたように息を吐いた。
「それに、待ち合わせまではしてなかったもの」
 そう言い向けられた甘やかな微笑のあまりのまばゆさに、雲雀はつい押し黙った。
「まぁいい。約束は約束だからね、案内するよ」
「はい、お願いしますね」

 色とりどりの提灯が笑うように揺れている。
 人の多い参道で逸れぬよう、雲雀を戦闘に二人縦に並んで境内を歩く。
 名前は前を歩く雲雀の、細身ながらもしっかりした身体を包むシャツを控えめに摘んだ。心臓が普段よりも鼓動を早めていることに、人の多さに気分が浮ついているのだろうと言い訳を並べていく。
 そのうち、赤みを帯びた明かりに包まれる賑やかな出店の中、ポップなのぼりを見つけた名前が摘んだ雲雀の服を軽く引いた。
「ね、フルーツ飴買ってきてもいい? 見ながら食べようよ」
「……一緒に見るの?」
 不意にかけられた声に、驚いたように雲雀が名前を振り向いた。
「え、違うの?」
 屋台へ近づこうとした名前の手が雲雀の服から離れる。それまで感じていたささやかな感触が消えたことに、雲雀はかすかな落胆を覚えた。
「別にいいけど……君、誰かと来たんじゃなかったの?」
 綱吉から「誰かと約束をしている」と聞いた時、雲雀はそれが自分のことだと思わず、胸の奥で帯びる苦い熱を確かに感じた。てっきり、誰かと一緒だと思ったのだ。たとえば弟の綱吉や、その取り巻き達などと。群れることを嫌う雲雀に穴場を教えてもらうために一人別行動をしたと思い込んでいた。
 忘れたことにするには、それはあまりにも記憶に残りすぎた約束だった。
「どうして? 雲雀君、案内してくれるって言って……あれ、もしかして勘違いしてた?」
 僅かな時間でも夏祭りの中を歩ければ、それで満足だったから。
「……いや、合ってるよ。早く買っておいで、遅いと置いてくよ」
「雲雀君は何がいい?」
「君が食べたいんだろう、好きにしなよ」

 ×××

「雲雀君、一口いいよ」
「いらない」
 差し出された串には薄くべっこうを纏った葡萄の実が連なっている。雲雀が首を振って断ると、赤い舌が覗く小さな口はぱくりと一口でそれを含んだ。
 薄氷を割るような軽い音が虫のさざめく声に重なり、すぐに身体の内側にまで轟く太鼓に似た音にかき消された。
 花火の打ち上げが始まったのだ。木々に囲まれた暗闇を瞬きの間だけ薄明かりが照らし、次の瞬間には夜の中へ隠していく。
「わぁ、凄い」
 鮮やかな大輪の花々が夜空に咲いては散る。雲雀はその下にも咲く一輪の花を見下ろすと、轟く音に隠れるように、潜めた声で囁いた。
「似合ってる。……綺麗だ、沢田」
 花火の音にかき消され聞こえずと良かったその感想は、けれどしっかりと届いていた。
 薄闇の中でもはっきりとわかる蜜色がきょとんと瞬くと、何を言われたのか咀嚼し、理解したのだろう。じわじわと頬が淡く紅潮した。
「ありがとう」
 潤んだ蜜色が柔らかく弧を描く。体温に溶けた飴で薄く色付いた唇が甘く照るのが酷く艶かしく見えた。
「……やっぱり、一口もらおうかな」
 飴が刺さる串を持つ手を掴むと、雲雀は最後に残った一粒に口を落とした。


20230916

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