短編 | ナノ

沢田家長女 26


 ◇

 軽いノックが室内の空気を伝い、次いで柔らかな声が聞こえた。
「雲雀君、沢田です。お見舞いに来たのだけれど、入っても大丈夫?」
「どうぞ、入りなよ」
「失礼しまーす」
 しばらく聞かなかった間延びした声の懐かしさに雲雀は笑みを浮かべた。冬空に似て白く沈んだ病室に華やかな亜麻色が加わると、それだけで部屋が明るくなったように感じる。
「やぁ。よくここにいると分かったね」
 見舞など想定していない雲雀の病室に来客用の椅子などはない。それでも立たせたままもどうかと思った雲雀はベッドから足を下ろし、自身の横を二度叩いた。
「この部屋椅子がないんだ、座りなよ」
 いいのか、と悩む素振りを見せた名前は、結局鞄を抱えて雲雀の横に腰を下ろした。
「先生達が、ね。……ほら、雲雀君が喧嘩以外でいないこと珍しいでしょ? 色々頼まれたの。流石に入院してる相手にどうかと思うし、私でも出来ることはやったけど、たまには自分達でも解決してくださいって突っぱねちゃった」
 雲雀の留守中、彼女は彼女で大変だったらしいことが伺えた。つんとした態度は、いないと見れば途端に強く出た教師への憤りがまだ胸に蟠っているのだろう。
 雲雀は名前が頼まれたの色々の行方が気になったが、風紀委員からの報告にも特にない辺り、名前が上手く内々で処理したか遠ざけたようだった。
 雲雀は特に指示はしていないが、定期報告と共に彼女の様子を伝えてくる者が一定数いるのだ。
「……なんだか悪かったね」
「悪いと思ってないのに謝らないで」
 苛立ちは相当らしい。雲雀の返答が何かに触れたのか、柔和な印象の甘やかな蜜色が、ふつと表出した怒りに鋭さを増す。雲雀はしゃー、と威嚇する猫を思い浮かべた。
「ぁ、ごめんなさい、あなたに言うことではなかったわね。……そうだ、体は平気なの? 先生からは風邪と聞いたけど」
 けれど、苛烈な光はさっと消え失せ、代わりに案じるような色へと変わった。ころころと変わる表情は見ていて飽きない。雲雀は彼女の浮かべる美しい微笑よりも、こちらの方が好ましかった。
「大丈夫。便宜上そう伝えてるけど、症状が似てるだけで風邪ではないよ。入院も念の為さ」
「それ、本当に大丈夫なの?」
 怪訝そうに眉を顰めた名前が雲雀へ手を伸ばす。軽く目を伏せ受け入れた雲雀の頬はまだ火照りが残っていたのか、冬の外気で冷えた指先の冷涼感が心地良かった。
「……まだ寝てた方がよさそうね」
「ずっと寝てたから目が冴えてしまってるんだ。移るものではないから、もう少し話し相手になってよ」
「ふふ、雲雀君でも人恋しくなるのかしら」
 名前が控えめに笑う。
 ふわりと室温が僅かに上昇したような気がした。
「さーね。君だからじゃない?」
 沢田綱吉が雲雀の同室に決まるのは、名前が帰った翌日のことである。


20230913

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