短編 | ナノ

沢田家長女 25


 ◇

「アゴ割れたかな」
 雲雀は殊更強く打ちつけた少年を見下ろす。柔らかな色味をしたハニーブラウンが他人と群れる姿が気に入らなかった。
「あの二人も救急車に乗せてもらえるくらい、ぐちゃぐちゃにしなくちゃね」
 あまりやり過ぎると名前が凄みを増した笑顔で備品臨時購入の申請書を持ってくる。保健委員で手に負えないようであれば病院へ連絡し、受診の手配も行わなければならない。さらにはその為の報告書も必要になる。どちらにしろ怪我人の増加は、委員の仕事とは言え手間だ。
 負担をかけている自覚のある雲雀は僅かに逡巡すると、トンファーを持ち直し先に沈めた二人へと近付いた。
 彼女の手間を増やさぬようにするには、こうなった以上は病院搬送が手っ取り早いのだ。
「まだまだぁ!」
 甘やかな蜜色のことを考えていたからか、背後から迫る拳の奥に光るよく似た琥珀色に、雲雀は完全に反応が遅れた。

 ×××

「雲雀君専用救急隊が来ましたよー」
 爆発の片付けと換気が終わったのは放課後になってからだった。その後に要件も言わないまま内線で突然呼びつけたにも拘らず、少女は慣れたように救急セット一式を持ち込み応接室へと現れた。
「早かったね、沢田」
「お昼の見回りで来た風紀委員が教えてくれたの。多分呼ばれると思いますよーってね」
 手当てがしやすいよう広いソファに座る雲雀の横で、名前が手際よく薬を選び取る。
「顔は打撲だけで、切り傷はなさそうね」
 内出血が見られる頬の周囲を丁寧に拭き取られた後、軟膏が塗り広げられていく。痛みを感じないように気を配られた心地良い指遣いに、雲雀はされるがままに目を閉じた。
「他はある? 隠さないで言ってね」
「……後頭部。でも、問題ないよ。冷やす必要もない。軽くて柔らかい素材だったから」
 雲雀は暫し言うか迷った末、正直に告げた。
「そう……必要になったら言ってね。ここも、しばらくは残るでしょうけど今の時点で腫れてないし、雲雀君治るの早いからすぐに引くと思う。もし気になるようなら病院行ってね」
 救急セットを片付ける名前を眺めながら、雲雀はふと口を開いた。
「ねぇ、君の弟って茶髪だっけ」
「うん。私より茶色がかってて、つんつんした可愛い子よ。最近、やっと友達が出来たみたいでよく一緒にいるの。男の子だからか怪我も増えて、そこだけ心配なのよね」
 弟のこととなるとよく口が回るなと雲雀は思った。こういう時、名前が姉≠ナあることを強く感じるのだ。
 余程可愛がっているようで、二言目には可愛いが出てくる。ずっと一人だった雲雀には分からない感情だ。
「なら、僕の前では群れないよう言っておいて。気付かずに咬み殺してしまうかもしれない」
「うーん……群れてるというか、あれは懐かれてる? ほら、イタリアからの転校生いたじゃない。銀髪に咥え煙草の、雲雀君が顔顰めてた子。あとは野球部エースの山本君だったかな。うちにね、弟の家庭教師として赤ちゃんが来てから少しずつ社交的になってきたのよ」
「……赤ん坊?」
 そう言われて雲雀が思い出すのは、先程の黒衣の赤ん坊だった。雲雀のトンファーを受け止めた面白そうな赤ん坊だ。
 雲雀が沈めた中に、真っ先にトンファーの餌食にした小柄で色素の薄い生徒がいた事は記憶に新しい。
 可愛い。ドジっ子。泣き虫。ふわふわつんつん。可愛い。それが名前から聞く弟≠形容するもの。直接会ったことはないが、そのせいか雲雀の中では名前の渋さに反し、名前に似た色彩で同じような甘やかな顔立ちをした幼い少年の姿が出来上がっている。
 その印象が、愉快な形相をしたよく分からない半裸で暴れた男にすり替わった。
「……ねぇ、待って。聞いてたのと全然違うんだけど」
「え?」


20230911

- 43 -


[*前] | [次#]
ページ:



[戻る]

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -