沢田家長女 24
◇
ただ群れるだけしか能のない生き物達。統率を失った蟻のような有象無象。入学初日にして頂点に君臨した雲雀は当然のように、窓からそれらを傲然と見下ろしていた。
違反があれば正せるように、と。
登校の様子を見守る視線は、不意に一箇所に定まる。
……なんだ、
眩く輝く黄金と目が合った、ような気がした。
雲雀は酷く目を惹きつけたその光へ意識を向けるが、瞬きの間にそれは消えていた。
周囲を探る目は、代わりに一人の生徒を見つける。
遠目からでも分かる柔らかそうな亜麻色の髪が朝日に輝く。一人違う毛色は目立つ筈なのに、不思議と人波の中に溶け込んでいた。服装チェックを抜けたことから地毛なのだろう。
すっかり興味を失った雲雀は肩にかけた旧服の学ランを翻し、その場を後にした。
「あの、保健委員長になったので、ご挨拶と書類の提出に来ました」
放課後。控えめなノックの後、入室許可を伝えると応接室に一人の女子生徒が入ってきた。柔らかにうねる亜麻色の髪は記憶に新しい。
けれど雲雀は、その生徒を見るなり一目で彼女だと思った。
「君、名前と学年は?」
整った白い顔に浮かぶ不安気な蜜色は見るからに気弱そうである。陽の当たり加減でそう見えなくもないという程度で、雲雀が今朝見たあの強い光は見る影もない。
それでも、雲雀の勘がこの女だと告げるのだ。
あの、鮮やかな黄金の持ち主は彼女だと。
「一年A組、沢田です」
「沢田、ね。その書類の提出日はとっくに過ぎてるけど」
「すみません。風邪で欠席していて今日が初登校でした」
申し訳なさそうでありながら諦めたような声音に、雲雀は経緯を察した。
「そう、次はないよ」
「はい。すみません」
不備のない書類に受領印を押して、帰っていいと視線を送る。気がついて会釈をする察しの良さに、雲雀はつい口を開いていた。
「風邪は、もういいのかい」
休んでいたのなら、きっと入学早々に暴れた雲雀のことを知らないのだろう。大抵は雲雀を恐れ会話にならないか、即刻喧嘩になるのだ。
「はい、おかげさまで。……ご心配ありがとうございます、先輩」
それまでの淡々とした声に、不意に甘やかな色が混ざった。作り物めいた美しい顔に愛嬌が加わる。雲雀は素直に可愛いな、と感想を抱いたせいで、最後に付け加えられた言葉への反応が遅れた。
「それじゃあ、失礼しま」「先輩じゃない」
蜜色が不思議そうに瞬き、首を傾げた。まるで小動物のような仕草だ。
「僕も君と同じ、先輩じゃないよ」
×××
「ーーん、……ぁりく、……ひばりくん」
遠くから呼ばれるような声に、雲雀の意識は浮上した。
どうやら懐かしい夢を見ていたようで、甘やかな蜜色と目が合う。
「起こしてごめんね、雲雀君」
潜めた柔らかな声が囁く。申し訳なさそうに目を伏せた少女の、予想外の近さにあった人形めいた美しい顔に心臓が跳ねた。
「……沢田か。また保健室の風紀でも乱された?」
「ふふ、それいつの話? とっくに雲雀君が蹴散らしたじゃない……そうじゃなくて、備品申請の判子くださいな」
白い指が示す申請書に慣れた手付きで風紀の承認印を押す。見なくともわかる、どうせ消毒液と包帯の大量発注だ。
つい今朝ほど、納入されたそばから使い切らせた自覚のある雲雀は催促されるがままに判子をついた。予想通りの内容はいつもの通り不備もない。綺麗に揃った、丸みを帯びた字が並んでいる。
「はい、どうぞ」
「雲雀君」
書類を返すと非難じみた声で名を呼ばれた。雲雀が眠気を隠すことなく面倒そうに顔を上げると、眉根を寄せた美しい憂い顔が見下ろしている。
「ねぇ、目が寝てるけどちゃんと見てくれてる? 委員長会議で癒着してるとかまた緑化に言われるのイヤよ」
「見てるし、委員長としての君を信頼してるのさ」
彼女の善性は折り紙つきだ。少なくともそう在ろうとする姿勢を雲雀は高く評価している。
雲雀が欠伸混じりにそう言うと、少女は柳眉を下げて困ったような、嬉しそうな、微妙な表情を浮かべるのだった。
20230908
- 42 -
[*前] | [次#]
ページ:
[戻る]