短編 | ナノ

沢田家長女 22


 ◇

「球針態。これを破壊することは今の彼の腕力でも炎でも不可能だ。絶対的遮断能力を持った雲の炎を混合した密閉球体の内部酸素量は限られている。早く脱出しないと死ぬよ」
「ふざけんな! てめー十代目を殺す気か!」
「弱いままなら死んで当然さ。誰も守れないどころか足手まといにしかならない。……そもそも、沢田綱吉を殺す理由はあっても、生かしておく理由が僕にはもうない」
 その会話を暗く狭い球体の中で聞いていた綱吉は、淡々とした声に一瞬だけ押し殺し損ねた激情が混ざったように思えた。
 ……やっぱりヒバリさん、姉さんのこと、
 微笑む姉の視線の先にいつもいた男の姿を思い浮かべて、綱吉は27と描かれた手袋へ視線を落とした。


 ◇

 山本とラル・ミルチが幻騎士と相対した瞬間に間に合った雲雀は、二人を下がらせ戦闘を開始した。
 強い炎に耐えられるだけの高いランクの指輪を持たない雲雀は、不利な状況でも笑みさえ浮かべている。その異様さに、幻騎士が底知れない薄気味悪さを覚え始めた時、雲雀の懐から一つの指輪が落ちた。
「これがあるのにまだ慣れなくてね、つい落としてしまうんだ」
 幻騎士の剣を高密度に圧縮させた雲の炎をまとうトンファーで受け止めながら、ひょいとつまみ上げたそれを見て、幻騎士の表情が驚愕に染まる。
「貴様……ボンゴレリングを持っていないはずではなかったのか!?」
 硝子が弾けるのにも似た音を立てて、雲雀が指にしていたリングが割れた。
 けれど、雲雀は拾い上げたボンゴレリングをはめるでもなく再び懐へとしまう。
 ほぼ互角の身体能力を持ち、もはや勝敗の決め手は手にする指輪の性能のみの状態。幻騎士にとっては理解のできない行動だった。
「これにリングとしての機能は残っていない、ただの曰く付きのガラクタさ。個人的な用に必要なだけで、戦闘で使うつもりはないよ」
「なんなんだ、貴様ーー!」
 激昂した幻騎士が雲雀を追い詰める。それすら余裕の残る笑みを浮かべて躱すと「そろそろかな」と独り言ちた。
「後は任せたよ」
 軽い音と共に白い煙が立ち込める。未来の山本が入れ替わった時と同じ状況に、負傷した山本を抱えて退避していたラルが叫んだ。
「まずい、今ヒバリが十年前と交代したら余計に勝ち目はないぞ!」
「ふぁ……騒がしいなぁ」
 小鳥の高い鳴き声が煙の中から響く。軽やかな羽音を立たせて天井高くを旋回する小鳥は、そのまま差し出された指先へと止まった。風上にいた幻騎士はラルよりも早くその男を見て、理解を拒むように眉根を寄せた。
「その心配はないよ」
 晴れた煙から現れたのは、同じ顔をした二人の男だった。
「未来(こっち)のヒバリも消えてないぞ! どういうことだ」
「僕は君たちとは違うんだ。入れ替わるなんて愚かなことはしない」
 過去と未来、同じ人間は同一の時間に存在感できない。大原則を無視した雲雀に唖然とする。
「いくらお前でもそんな芸当……」
「僕にはまだ仕事があってね。過去の自分に引き継ぐわけにもいかないから残っているのさ」


20230903

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