短編 | ナノ

沢田家長女 21


 ◆

 雲雀に渡された指輪をはめる。蛍光灯の明かりに透かすように翳した指を傾けると、薄橙の石はきらきらと光を纏うように輝いた。半円状のそれはアンティークのようで、指先を飾るというより、権威や階級を示すような厳かな重みがある。雲雀の指に輝くものも似た意匠をしていて、未来ではこの指輪を介し炎を灯すのだ。
「君に流れている波動は三種類ある。一つはあまりに微弱だから今は省くよ。残る二つのうち、片方は大空の炎。君の弟や歴代ボンゴレと同じものだ。そしてもう一つが……」
 雲雀が言葉を止めたことで、名前にリング戦での記憶が蘇る。
 錯乱しその身を燃やしかけ、つい今ほどは無我夢中のうちに灯した、制御のできない黒い炎。
「通称夜の炎¢蜍の七属性でも対でもなく、外側に位置する第八の炎だ」
 性質も特徴も何もかもが不明の炎。これまでは文献のみに記録が残されている、実存しない仮想の炎とされていた。初代ボンゴレの話を除いては記述が見られるものも殆どが神代である。
「見た限り、君は自分の負の感情をむき出しにすることで炎を灯している。始まりがそうだったから仕方がないとは言え、黒い炎(それ)を灯すやり方としては、あまりにも危険だ」
 身を焼き尽くすほどの暗く激しい感情は、名前自身を暗黒面に落とし込む危険性が非常に高い。それこそ、自身の炎で焼身する可能性を否定できないほどに。
「だから、先ずは大空の炎から修得しよう」
 雲雀の言葉に、名前は驚いたように顔を上げた。
「また、暴走するかもしれないのに?」
「扱えるようにするんだよ。黒い炎(それ)は、君にしかない武器になる」
「私、戦えるの?」
 蜜色が期待と不安に揺れる。その姿を見て、ああやっぱり、と雲雀は思った。
 六道骸との戦いの時も。イタリアから暗殺部隊が来た時も。彼女はいつだって見送る側だったのだ。
 いつも後ろで祈るように見ていたことを雲雀は知っている。それは、この沢田名前も同じだったのだろう。
「僕が鍛えるんだから当然だ。体内の波動バランスが不安定なうちに、君の才能をこじ開ける」

 ◆

「黒服と戦った時を思い出して。君は何か強く思ったはずだ」
「あの時……」
 絶望を思い出せと強く祈るより前。名前は確かに、子供達を守ることを願った。母親なら死んでも死にきれないだろうと。
 途端に、指輪からふわりと陽炎のようなものが立ち上る。それは次第に鮮やかな橙を帯びて名前の額にも宿った。
 黒い炎とは異なる、美しく柔らかな橙色の炎。
 ほぅ、と名前が見惚れるように息を吐いた直後、指輪は音を立てて砕け散った。炎は指先の上で渦を巻くと、手全体に広がり勢いを増す。
「そのまま炎の勢いを安定させて維持するんだ」
 雲雀が名前に渡した指輪は精製度の低いものだった。希少性の高い大空の炎は、その分指輪も出回らない。研究用の予備として保管していた精製度の低い、と言ってもDランク以上の価値がある指輪だ。
 それを渡したのは、確認のためである。予想通り雲雀同様に炎を灯して僅か数分も保たなかった。そうして、指輪という出力媒体を失った炎は手足に宿る。
「君の最大の特徴は、指輪といった触媒を介さずに炎を灯せることだ。それは利点でもあるが、逆に言えば武器は限られるということになる」
 最悪の場合、徒手空拳になるだろう。考え得るのはそれほどに名前の波動が強すぎるのか、そもそも炎との相性が悪いかのどちらかだ。雲雀は、可能性として後者を考えた。
「出力は安定しているね。次は実戦形式でやるよ」
 雲雀が匣からトンファーを取り出す。
 綱吉が雲雀と合流する数日前、こうして名前の訓練は始まった。

 ×××

 修行を終え、気絶するように眠りに落ちた名前を抱えた雲雀の下に二人の子供が駆け寄る。名前に似た面差しで琥珀色の目をした子供と、雲雀と同じ鈍色の目をした子供。
 その成長を直接見ていた訳ではないが、雲雀にとっては一方的によく知っている子供だった。
「彼女は平気だよ。眠ってるだけだ」
 寝ている姿を見ようと、届かない高さにぴょんぴょんと跳ねる子供が「ママお疲れ?」と聞く。「夜宵、」と嗜める声に、雲雀は顔が見えるように屈んだ。
「君達を守ろうと頑張ったんだ」
「お布団敷いてよかったね」「うん」
 よく似た声が重なって答える。
「へぇ、布団が敷けたのかい。よくできたね、助かるよ」
 雲雀は努めて優しく言った。手本は記憶の中で今も微笑む少女だが、その彼女はもう少しね、とやはり合格はくれない。
 それでも、雲雀の前ではまだ緊張が残る子供達が、照れたように笑みを浮かべた。愛らしいだけでなく礼儀正しく大人しい子供に、雲雀も僅かに表情を緩める。
 群れるばかりの弱い草食動物は嫌いだが、単独で可愛らしい小動物は見ていて好ましいのだ。
「哲を呼んで、先にお風呂に入っておいで。せっかく布団の用意をしてもらったんだ、僕は彼女を寝かせてくるよ」
 途端、てっちゃん!と嬉しそうに駆け出した子供達に雲雀は静かに苦笑した。

 ×××
 
  黒の名を持つ炎神しかり、黒い太陽しかり、神狩りの武器しかり。黒い炎にはいつも滅亡が結びつく。
 名前が聞かされたという初代ボンゴレの血縁者も、黒い炎そのものは死ぬ間際に一度出現した限りである。もしかしたら、亡くなった状態での発動だったのかもしれない。
 初代が活動していた時期、とある山村が一夜にして燃え尽きたという記録が残っている。戦争中では珍しくない情報ではあるが、その村のみ黒い炎に包まれた≠ニいう記述が残された。それは、おそらくは誇張ではないと雲雀は考えている。
 神話にのみ残る黒い炎。世界を明けぬ夜に閉じ込める、滅亡の炎。
 それまでの観測により、生きている間には不可能な発現だと結論付けられたのだ。
「ーー君の中に眠るものは、何なのだろうね」
 小さく落ちた疑問は、眠る少女の呼吸と共に静かに響いた。


20230902

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