短編 | ナノ

沢田家長女 20


 風紀財団 本部にて
 ◆

 名前が目を開けると、すぐ横に雲雀が座っていた。
 整った顔立ちは精悍さを増し、髪に隠れることなく真っ直ぐに見下ろしてくる鈍色の切れ長の目はいっそう艶やかに見えた。
 それは、雲雀が今よりも成長した姿のようであり、
「あなたは……私が知ってる雲雀君、じゃないよね」
 少しだけ、何かが違った。
「そう。君も、僕が知る沢田名前ではない」
 具体的には言えずとも、確信を持った名前の言葉に雲雀は微かに口角を上げて頷いた。
「僕達が呼び寄せたんだよ。ここは君がいた時間から数えると九年と十ヶ月余り先の未来になる。君達がいる過去と直接繋がる未来ではないけどね」
 とても似通っている二つの世界はほぼ同一のパラレルワールドである。そこに生きる人々も趣味嗜好や癖、行動理念といった基本的な部分も辿ってきた過去もそう変わらない。
 ボンゴレリングの廃棄。
 白蘭の世界征服と崩壊。
 この二つの事象を除いて、全て同じであるはずだったのだ。
「ところが、僕達が想定していなかった人間が現れた」
 雲雀の指先が、とんと名前の胸を軽く突く。
「私……?」
「そう。過去を選ぶにもいくつか条件がある。大前提として沢田綱吉がリング争奪戦で勝利していること。十代目守護者達、及び幹部がこの未来と同じであること。そうして過去の選別をした結果分かったことの一つが、君はボンゴレファミリーにいないということだ。どの世界の沢田(きみ)も終ぞ炎を灯さなかった。……いや、封印が外れなかった、と言うべきかな」
 過去の名前が未来に来たことは、誰にとっても想定外のできごとだった。十年という歳月は彼女を仲間(ファミリー)としての頭数にすら数えられないほどの部外者にさせている。
 この時代の綱吉も、入江も、雲雀すら数値上の可能性として存在する£度にしか知らない、沢田名前の潜在能力。確率としても計測不可能と結論付けられた奇跡が、雲雀の目の前にあった。
 雲雀にとっては、何よりも嬉しい誤算だ。
「君は、自分のことをどこまで把握してたんだい」
「……自分の立場という意味なら殆どよ。でも、この炎のことはあまり」
 話は名前が最初に炎を灯した時に遡る。約十年前、家光の子供達を見に九代目がお忍びで来ていた時のことだった。
「それが偶然だったのか、今となっては分からないけどね。私と弟は通り魔に攫われたの」
 綱吉を人質に取られて、名前はなす術もなかった。
 大人が少し目を離した隙の出来事である。
「ーーだから、燃やしたの」
 目を閉じればすぐに蘇る、今も名前の記憶に呪いのようにこびりついている炎の記憶。初めて生身の人間を燃やし殺した感覚は、封印によって記憶が薄らいでも、思考を鈍らせても消えることはなかった。
 その断末魔が、恐怖に歪んだ顔が、殺さないでと懇願する声がいつまでも消えてくれない。
 幸いにして、全ては内密に処理された。約束通り、綱吉は封印が外れてもその時の事は思い出さなかった。
「その時に九代目から聞いたのが、初代ボンゴレのお姉さんの話。私と同じ炎を宿し、最期はその身を憎悪で焼き尽くして亡くなった、私の前例」
 ーー君のそれは、決して人とは共存できない。それは、君自身を含めて。
 そうして綱吉同様に、けれど九代目が持つ殆どの力を使った、とても強固な封印を施された。
 二度と目覚めぬように。
 二度と悲劇を繰り返さないように。
 本来は然るべき時に亡き者とすることが歴代ボンゴレのみに伝わる約束だと聞いたのは、名前が毒を投与された時であった。
 正しい時、正しい方法でボンゴレから悪夢を取り除くべしという、姉を亡くした初代ボンゴレが遺した言葉。
「私、本当は雲雀君が思ってるほど、最初から外側にいなかったのよ」


20230902

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