短編 | ナノ

カムラの仕立て屋の男 02



カムラの里のハンターこと猛き炎が里に帰還を果たした時、集会所では珍しくヒノエら竜人族達が揃って顔を突き合わせていた。

「ハンター、帰ってきたニャ」
「お〜うハンターよ、戻ったでゲコか」
「おかえりなさいませ、ハンターさん」
「皆さん集まってどうしたんですか?」

次々と送られるお帰りに手を振る。幼さの残る大きな瞳を瞬かせたハンターを、にっこりと笑ったヒノエがちょいちょいと招き寄せた。素直に従い、近寄ったハンターの目に随分と古びたアルバムが映る。

「白黒だ……いつのなんです?里長?」
「そんな昔の残っとらんでゲコよ」
「今から二十数年前の記録だニャ」
「書庫の整理をしていたら出てきたんですよ。ねぇ、ミノト」
「はい、ヒノエ姉さま」

へぇ、と頷いたハンターに、ヒノエが奥に詰めて隙間を開けた。

「うふふ、ハンターさんもご覧になりませんか?」

二十数年前と言うと、ハンター達の世代はまだ生まれてもいない。ハンターは生まれていないが、代わりに丁度幼年期を迎えているであろう人物には心当たりがあった。

「えっ、めっちゃ見たいです」

するりと滑り込んだハンターの腰に白い腕が絡みつく。アルバムを覗き込むように、ぎゅっと寄せられた身体を抱き留める。覗き込んだアルバムには今よりも少しだけ若いフゲンとハモンが並んで写っていた。

「ゴコク様はお変わりないですね。昔からプリチーです」
「本当ゲコ?褒めても団子くらいしか出せんでゲコよ?」

ヒノエの白い指先がアルバムをめくっていく。時を進めているのか戻しているのかハンターには分からなかったが、今とあまり変わらない風景の中、今よりも少し違う見知った人物たちに、ハンターは炎の如く目を輝かせた。
ぺら、と頁をめくる音が静かに立つ。
その中で、ハンターは一枚の写真に目を奪われた。
セピア色の小さな写真に写る、色素の薄い綺麗な顔をした少年。頬に傷は無いが、つんと跳ねた髪と意志の強そうな眉は、見間違えようもなくハンターの師であるウツシのミニチュア版だった。そして隣には、見覚えのない目の覚めるような美少女が並んでいる。それも、手を繋いで。
ハンターの脳裏に師がいつも目で追っている淡い色彩が思い浮かぶも、性別が違うとすぐさま振り払う。

「うわ誰ですこの美少女!里にいましたっけ?」

幼い師の春の気配に、ハンターの心が俄かに色めきだった
適齢期を過ぎる頃になっても独り身でいる師のことを、自身のことは棚に上げたままにハンターは心配をしていた。出来る事なら早く落ち着いてほしいと願っている。
すると、ゴコクの、あっ、という声が静かな集会場に響いた。

「懐かしいのも残っとるでゲコねぇ」
「……ハンターさん。そのお方は、昔のナマエさんです」
「えっナマエさん!?確かに面影あるけど……あれ、女の子……?」

写真の中微笑む、紅を差しているのであろう唇、まとめ髪にくりくりとした瞳の美少女と、記憶の中にいる背の高い女形のような蠱惑的な美貌の青年の姿が重ならない。

「ナマエさんは昔から男性ですよ」
「え、じゃあまさか教官の……?」

いつも溌剌とした師の癖を真っ先に疑ったハンターは、周囲の大人を見渡して恐る恐る尋ねた。それをゴコクが苦笑を浮かべながら否定する。

「今もでゲコが、ナマエは生まれた時から体が弱かったでゲコよ。だから十を超えて少しするまでは女の子として育てたんでゲコ」
「迷信みたいなものです。今は殆ど見ませんし、そもそもカムラではあまりしてこなかったことなので」
「ふふふ……それもあってウツシ教官、サヤさんのこと完全に女の子だと思ってたんですよ。ナマエちゃんナマエちゃんと、ずっと後ろくっついてましたねぇ」
「あー覚えてるでゲコ。しまいにはウツシ、」
「――俺がどうしました?」

ゴコクが何かを言いかけた直後、一陣の風が吹き、話題の中心となっていたウツシ本人が軽やかにテラスへと着地した。

「あ、教官」
「俺より早く戻ってたんだね。お帰り、愛弟子よ!」

ビュン、と音を立てて弟子たるハンターがウツシへと疾翔で突進した。それを軽やかに受け止め、円を描くようにして回し、空へと投げた。蟲で受け身を取り宙へとぶら下がったハンターはウツシの隣へ見事に着地を決めた。毎回行われる再会の儀に、ゴコク達はすでに視線をアルバムへと戻していた。何せこの二人、いつもやっているので。
師弟二人もきゃっきゃとはしゃぎ、一頻り再会を喜んだ後、揃ってゴコク達の下へと戻ってきた。

「それで、俺がどうしたんです?」
「うふふ、懐かしい写真が出てきたんですよ」
「小さい頃の教官とナマエさんの写真ですよ!」
「え、そんなのあったの?どれどれ……うわー、懐かしいなぁ!」

ニコニコと常の笑顔を崩さず、ウツシは感嘆の声を上げた。その声色に嘘はなく、むしろ嬉しそうですらあった。その師の様子に、ハンターは首を傾いだ。

「あっさりしてますね。ナマエさんのこと女の子と勘違いしてたって言うから、もっと照れるかと思ったんですけど」
「ええ?初恋を恥ずかしがるほどもう青くもないよ、俺」

柔らかな笑みを浮かべるウツシに、ハンターはふーんと生返事を返し、再びアルバムへと視線を落とした。
日に焼けた肌でもわかるくらい、仄かに目元を赤らめながら言ったそれは、ハンターには到底過去の思い出とは思えなかった。かつての青春を懐かしむ柔和な表情に隠れた、ともすれば見落としてしまいそうになる程微かに灯る、瞳の奥にちらつく危うげなそれからそっと視線を外した。

「でも本当、この頃のサヤ可愛いなぁ」

網膜に愛らしい少年の着姿を焼き付け、ウツシは数多の視線から隠すように頁を捲りその二人を隠す。
……ナマエちゃんへの初恋は破れたけど、ナマエくんへはまだ終わってないからね。
写真を見ていた男は、そう口の中で小さく呟いた。



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