沢田家長女 16
◇
「話、いいかな」
「ヒバリか。会いたかったぞ」
獄寺が運ばれた治療室に雲雀が現れる。リボーンの言葉に僅かに口角を上げると、そのまま近づきリボーンの前に立った。
綱吉にとっては生死をかけたに等しい戦闘であったが、雲雀には軽い運動のようなものだったらしい。雷の炎を受けた腕に傷は見当たらず、涼し気な顔でリボーンと綱吉を見下ろしている。
冷々たる眼差しは捕食者のようで空恐ろしいのにどこか目を惹く。十年という歳月が磨き上げた男の美しさと危うさは鮮烈さを増し、彼が纏う空気は冬の真夜中にも似た、じわじわと締め上げてくるような冷気すら感じた。
それはまるで、抜き身の刃を目の前にしているかのようで。
「あの……ヒバリさん、何か変わりましたね」
だから、気付けばそう口に出していた。
「十年経てば変わるさ。僕も……未来の君もね」
何かを懐かしむように、綱吉を通して誰かを見ているような目に、ややあって綱吉は自身の失態に気が付いた。
変わって当然だったのだ。綱吉はまだ実感は無くとも、未来の彼らは名前の死を経験している。
もしかしたら未来に来ているかもしれないと期待を抱く綱吉とは異なり、未来の彼らにその余地はない。
彼らにとっては沢田名前は既に故人であり過ぎ去った過去なのだ。
青褪める綱吉など興味はないとでも言うように、雲雀は話の続きだけど、と話を戻した。
「君には短期間で強くなってもらう。時間もないから十日で仕上げをするよ」
「……、」
さもなくば死ねとでも言いたげに凄みを帯びた表情に、不安から綱吉の目が揺れる。帰りたければやるしかないとは言え、未来の戦い方を目の当たりにしたばかりの綱吉にはあまりにも短い時間のように思えた。
「リング争奪戦の倍は時間を取ってあげたんだ。できるよね」
「ヒバリ、修行はお前が見てくれるのか?」
「まさか。今の沢田綱吉では話にならない」
「うぐっ」
にべもなく告げられた評価に綱吉が喉をつまらせた。
「君の修行は適任者に任せるよ。……それで、何か用?」
誰かいるのかと綱吉が振り返ると、ジャンニーニがひょっこりという音が付きそうな仕草で顔を覗かせている。「あの、お話中すみません」控えめな伺いに雲雀は「僕の話は終わったよ」と短く告げた。
「情報収集に当たっていたビアンキさん達が戻られまし」「あぁ! 愛しい人!」
嵐の夜にうっかり窓を開けてしまった部屋のような勢いでビアンキが飛び込んできた。タイミング悪く意識が戻った獄寺がベッドから転げ落ち、それを見た綱吉の知らない青年が小さく笑いながら綱吉を呼ぶ。
「……フゥ太?」
面影が重なった名前を口に出すと、青年は花が綻ぶように破顔した。
「ツナ兄、会いたかったよ」
「わぁ、大きくなったなぁ!」
嬉しさから僅かに体温が上昇する綱吉の全身に、冷気が掠めたような悪寒が走る。
途端に人数の増えた治療室。最初に訪れた人間を一瞬でも忘れた綱吉が青い顔でぎこちなく振り返ると、白皙の美貌が鬼よりも恐ろしく綱吉を見下ろしている。
「これ以上群れるなら咬み殺すよ」
「ヒィイイ! やっぱこの人変わってねー!」
視線で人は死ねるのだ。綱吉は敵と相対した時よりも肌を刺す恐怖に震えながら雲雀を見送った。
「では、ここからは私が代わりましょう」
20230813
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