短編 | ナノ

沢田家長女 12



 Normal end / after

 微睡みに沈んでいた意識が浮上する。
 名前が目を開けると、赤く染まった応接室はすっかり薄青い夜の闇に包まれていた。
 指先一つ動かしたくないほどの倦怠感と汗ばむ身体の不快感。けれど、それ以上の多幸感が胸に広がっている。
 すぐ隣からは起きる気配のない、安らかな寝息が聞こえる。その変わらない寝顔を目に焼き付けてから、名前は絡れそうになる足を動かし応接室を出た。
 再び会話を交わしたら離れ難くなるのはわかりきっている。攫ってほしいとはしたなく願ってしまうかもしれない。
 そうなる前に、名前は今度こそ、自らの意思で雲雀の隣を離れた。
 もう大丈夫。この思い出を抱えた生きていける。
 そう、確信したから。


 ◆
 Normal end / false

 月明かりで光を帯びたように輝く青白い顔を眺める。
 隣で眠る彼女は随分と無理をさせたせいか深い眠りについているようで、無数の赤い花が散らされた胸が浅くゆっくりと上下している。疲労が滲む顔は独特の艶かしさがあり、人の美醜や容貌には興味のない雲雀から見ても浮世離れした美貌だった。それは、おそらく初めて他人に対して美しいと感想を抱いたほどに。
 じっとりと湿るシャツを煽ぐと夜の冷気で熱を帯びた身体が冷やされる。
 帰したくない。
 返したくない。
 一度鎌首をもたげた独占欲と執着心は際限なく膨れ上がる。
 未だ熱が灯ったのぼせた頭のまま白い肌へ唇を落とすと、雲雀は放り出した上着から携帯を取り出し慣れた手つきで番号を打ち、
「予定変更だよ。今から向かうからこっちで進めて」
 真夜中であってもスリーコール以内に出る部下へ簡潔に要件だけを告げた。
 名前を抱き上げ、並中を後にする。
 向かう先は自宅ではなく、彼女がいた学園でもない。立ち上げた財団でもごく少数の、まだボンゴレすら知らない秘密基地。
 入り口にと選んだ神社で炎を灯し、鳥居を潜る。
 あれ程瞼に焼き付いて離れなかった幻想の中の少女はもう消えていた。



20230806

after / false
 千夜が先に起きたらafter√。
 雲雀が先に目覚めていたらfalse√。

 *おまけ

 風を切る音に混ざる甲高い声に、男は咄嗟にブレーキをかけた。
 そっと指先を差し出せば黄色い小鳥がふわりと止まる。まるまるとした体を震わせながらぴよぴよと愛らしく囀る様子に、常に硬く結ばれた男の唇がかすかに緩んだ。
「ヒバリ! ヒバリ!」
 いつからか笑わなくなった男が久しぶりに見せたそれが嬉しいのか、小さな翼を広げて教わった喜びを表す小鳥を節ばった指が優しく撫でる。
 小鳥はただの小鳥ではない。男がある時見つけた拾い物ではあるが、気まぐれに教え込んだ結果、今や男の目となるに至ったのだ。
 くるる、と再び声を上げた小鳥に男は声を落として問いかけた。
「何か見つけたのかい」
「ナミチュウ! チヨ! チヨ!」
「ーーそう」
 鈍色の目が仄暗く光る。吊り上がるようにうっそりと笑むと、それまでの冷淡さは消えにわかに凄味を帯びて艶やかさを増した。
「ヒバリ、ウレシイ?」
 何を見せても誉めるだけで喜ぶことのなかった男が初めて見せた表情の意味が分からなかった小鳥の、小さな頭が傾ぐ。人間は口の端が上がると嬉しい、下がると悲しい。小鳥にはその程度の知識しかない。そう教えた男はいつも下がっていた。
「あぁ……そうだね、凄く嬉しいよ」
「ウレシイ! ウレシイ!」
 ようやく嬉しいと笑った男に、小鳥は嬉しげに飛び立つ。良かった、良かったと囀りながら。
 男は空へ消えた小さな黄色を見送ると、駆けるバイクの行き先を変えた。
 


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