短編 | ナノ

沢田家長女 10



 ◆

 朝日に照らされた、人気のない校舎。町すらまだ眠る時刻に、日中の喧騒とは打って変わってしんとした静寂の中を微かな靴音が響く。
 昨晩までの戦闘を隠すため昼夜問わず配置された術者の拭えない不快感に眉を顰めたまま、雲雀は迷いなく進んでいく。肩に羽織った黒い学ランが年季の入った、けれど清潔に保たれた白い壁の中を泳ぐように翻すと、ある場所でぴたりと足を止めた。
「……見つけた」
 視線の先、小さな黒い影が窓枠に腰かけている。
 いつもはトンファー片手に嬉々として誘いをかける雲雀だが、今回は足早に近付くと静かに横に並んだ。
「来ると思ったゾ」
「聞きたいことは山ほどあるからね」
「それは、名前のことか?」
 黒々とした眼がじっと見上げる。リボーンの確認に、雲雀は一つ頷いた。
「……あの子、怯えてたんだ。自分の力にも、別のことにも。弟の方とは随分違うようだけど」
「ツナとザンザスが異なるように、名前もまた性質が違ぇんだ。……あいつの炎は、負の感情に反応し燃える」
「負の感情?」
「炎が届く範囲で少しでもアイツをこわい≠ニ感じるだけで燃えちまう。ボンゴレ内でもあくまでも言い伝え程度の話だが、憤怒の炎(ザンザス)と同じで前例がなかった訳じゃない」
 記憶の中、苦しげに炎に包まれる彼女の姿が浮かぶ。苦痛に満ちた、何を考えているのかわからない表情。振り払われた手。雲雀の知らない彼女の姿。それ以上に、失うかもしれない焦燥感は、まるで身体の芯を凍らせたようだった。
「……ねぇ赤ん坊、沢田はどうなるの」
「それはわからねぇ。だが幸い、モニターの故障でその場にいたのはヒバリとあの場に居合わせたレヴィ・ア・タンだけだ。勘付いたヤツはいるだろうが、校舎の仕掛けの一部とザンザスの件で表沙汰にはならない筈だ」
 モニターが停止していたせいで、リボーン達は内部での様子を知らない。その直後に起きた、ザンザスの血を吐きながらの告白のせいで有耶無耶になったままである。
「一つだけはっきりしてるのは、今回はヒバリ、オメーが止めてみせたってコトだ」
 リボーンが、つい、と視線を窓の外から雲雀へと移す。
 それが半端な覚醒であったとしても、九代目の零地点突破で相殺もせず、封印もせず、炎を灯さない人間が忌み嫌われていた呪いの炎を止めてみせた。それが十代目ファミリーの雲の守護者という肩書であれば、十分に抑止力となり得る。
「ところでヒバリ、名前の炎はどうやって止めたんだ?」
 だからそれは、純粋な疑問だった。十年前、九代目ですら難儀したそれを、モニターが停止していた僅か数分という短時間のうちに成し遂げたのだから。
「……」
「まぁ、答えたくねぇなら無理に言う必要はねぇ。今後のことだが、名前は炎のコントロールを学ぶことになる。少なくとも暴走状態にならねぇようにな」

 ×××

「ヒバリ、と言ったな。ひとつ忠告をしてやる」
「要らないよ」
 間髪入れずにそう返した雲雀が背を向ける。その足が向かう先を知っているからか、鮮やかな深紅の眼が濃さを増した。
「そいつを想うなら、殺せるうちに死なせてやることだ。それがいずれ、あいつの為になる」
「……どういうこと」
 振り向いた雲雀が睨め付ける。視線だけで刺し殺せるほどの鋭い眼差しは氷のように冷え切っていた。
「やけに馴れ馴れしいね。君……彼女の何を知ってるの」
「あの女の辛苦はいずれ、世界すら焼き尽くす。自滅できるうちに始末しねぇと手遅れになるぞ」

 ×××

 燃えない男への驚愕と僅かな恐怖、安堵がない混ぜになった彼女の表情を思い出して、雲雀は小さく息を吐いた。
「……僕が、恐れるわけないだろ」
 記憶の中で、振り向いた少女が手を振っている。
 雲雀が思い出す少女の姿は、いつも穏やかに微笑んでいた。


20230725

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