短編 | ナノ

カムラの仕立て屋の男 01


カムラの里と言えば優れた製鉄と加工技術が真っ先に上げられるが、それらに隠れてひっそりと知られた名品がある。男はハンターを生業としていたためその存在はよく知らなかったが、カムラに行くなら是非にと、好い仲の女にせがまれてその店へと訪れた。場所はカムラの里の中心に位置するたたら場から少し外れた、長屋の間。変わった造りだなと首を傾げ、通りから隠れるように下ろされた、地に着きそうなほど垂れた藍染の暖簾をくぐった。そして、息を飲んだ。
日を知らぬような白く透けた肌に、肩へと流した薄茶の長い髪。神経質そうな細い下がり眉に、黒目勝ちな瞳が妙な色気を感じさせる。
衣紋に吊るされた着物と暖簾のように垂れ下がる色とりどりの糸の間。極彩色の中にあっても霞むことなく存在感を示す、陽に透けた浅葱桜にも似た小袿を優雅に羽織った年若い女――と見紛う、青年がいた。
唇を一文字に引き結んだ気難しそうな美人。それが男から見た第一印象だった。

「いらっしゃい。見ない顔だね……観光の方かな?」
「あ、ああ……今日来たばかりなんだ。あんたは?」

男の喉が引き攣り、上擦ったような声が出た。
着物の上からでも分かるほっそりとした肢体を包む濃い藍染の着流し。その上から見てわかる膨らみのない平坦な胸と浮き出た喉仏。女にしては少々低い声は紛れもなく男のものであるが、違和感なく女物の着物を羽織る姿に男の脳が錯覚を起こす。

「そうか……僕はここの店番さ。好きに見て行っておくれ」

じっと男を見つめていた瞳が、途端、柔らかく細められた。第一印象とは異なる人好きのする笑みを浮かべた青年は、そのまま作業台に腰掛け書き物を始めた。
外れた視線に、一瞬脈打った鼓動が鎮まる。男は並べられた色とりどりの着物を眺め、首を傾げた。好い仲の女は確か、カムラの職人が売っている着物を、と強請っていた。男に着物の種類はわからなかったが、反物はえらく値が張るだろうから、手頃なものを一着選んでほしいと。ちら、と盗み見た青年は何か書き物をしているのか、ぱらぱらと薄い紙を捲るような音がかすかに聞こえる。伏せられた目がピクリと動き、男は慌てて店内を見回した。いったい何が良いのか、男にはてんでわからない。あっちへふらふら、こっちをうろうろ、反対をきょろきょろ。落ち着きなく店内を見て回る男の背後から、見かねたように涼やかな声がかけられた。

「っ……お困りのようだけど、何かお探しかい?」

思わず笑ってしまったというような噛み殺し損ねた笑みに、男の顔に羞恥で血が集まる。堪えきれないとばかりに小さく声を漏らして笑う青年に釣られて、男も顔を赤くしたまま笑いがこぼれた。

「ふっ……そんなに、笑わなくてもいいだろ」
「ははっ……すまない。面白くてつい、な。笑ってしまったお詫びに、値切り以外でなら力になろう」
「値切り以外で、ね。結構ちゃっかりしてるんだな」

先ほどの人好きのする笑みとは違う、唇の片端だけを釣り上げた青年が、ご用件は?と口を開いた。流し目で見られ、男の声が再び僅かに上擦った。

「あっ…ああ。カムラの着物を一着頼まれたんだが…手頃なものというとどれが良いのかわからなくて…」
「へぇ、贈り物かい?いいねぇそういうの」

店番と名乗るくらいだから、ある程度詳しいのだろう。顔を朱に染めたまま、男は素直に経緯を話した。カムラにはハンターとしての修行で短期間来ていること。武具以外にも名品があると初めて知ったこと。知人の女から着物を頼まれたこと。黙って聞いていた青年の、上目に見つめてくる黒目勝ちの瞳が緩やかに弧を描いた。

「その人は普段、どういう地域に?」
「カムラよりかは涼しいと思うが…暖かい日はここくらいだな。一年を通して寒暖の差がない、結構いいところだよ」

途端、青年の小袿が翻り、男の前で泳ぐように裾が踊った。

「なら、この辺りがオススメだよ。一番人気のツケヒバキの繭から紡いだ絹を使ってるけど、半分は綿だから値も手頃だ。あとは――」

大陸から仕入れたのであろう、珍しい色硝子の天窓から差し込む陽を浴びて、青年の薄茶の髪が砂金を散らしたように輝く。案外と、表情が豊かなのだと男は思った。笑っている顔を見るに、男と同じか少し年下くらいに思える。余程好きなのか、大きな目を更に開き輝かせながら語る青年に、男は見惚れたように目が離せなかった。
着物を見る傍らでそっと知られぬように青年を盗み見る。上の空で生返事しか返さない男に気を悪くすることもなく、青年は男にいくつかの商品を進めた。中には今日は店頭に置いていないものあったようで、申し訳なさそうに謝る青年に、男は慌てて首を振った。今ここで決めてしまうのは、なんだか勿体無いと思った。

「色々あるんだな。今すぐには決められないから……また、来てもいいか?」
「ああ、もちろんだとも。じっくり眺めて決めておくれ。……そうだ、僕がいるかは日によるけど、お客さんが次来る時までに手頃で良さげなのをもう少し揃えておくよ」

再び口の端で笑った青年に、男は密かに安堵した。もっと気難しそうかと思いきや、軽い口調に反した丁寧な所作と、滲み出るどこか慇懃無礼な態度が荒くれ者の多いハンターにとって安心感を抱かせた。畏まった丁寧な接客をされるよりかはずっと良い。
それに、と男は青年を眺めた。黙っていると色気のある顔をしているが、それが崩れて年相応の愛嬌のある顔に変わるのが見ていて飽きない。もっと青年の話を聞いてみたいと思った。楽しげに話している姿を見たい。軟派とか、そういうことでなく。
相手はただの接客とは理解しつつも、男は青年に対して店員以上の好意を抱きつつあった。

「なぁ、あんた――」

言いかけた言葉は、遠くから響いて来た厳しい鐘の音によってかき消された。朝と夕方、定刻が来るとこの里では鐘が鳴る。

「おっと時間だ。僕はもう上がるけど、また来てくれよ。じゃあ、炎の加護がありますように」

あっさりと仕事を終わらせた青年は、萌葱色の裏地の透ける白い小袿を翻し、踵を返した。遅れて揺れる薄茶の髪から、薬草のような匂いが仄かに香る。

「あっ…」

男は思わず手を伸ばした。引き止めようと伸ばした手はしかし、触れることなく指先が空を掻く。
しばし呆然と青年が消えた戸の先を眺めていた男は、長屋に響く機織りの音で我に返り、人の消えた店を後にした。


その翌日。
男は再び店を訪れていた。
明朝すぐに本来の目的であった依頼を受注し、昼過ぎには終わらせ、仲間と歓談した後急ぎ汗を流した頃には既に日が傾いていた。慌ててくぐった暖簾の奥からは、昨日と同じく遠くから響くようながっちゃん、がっちゃんと規則正しい機織りの音が聞こえる。

「おや、昨日の。今日も来てくれたんだね」

暖簾を外す棒を持った青年が、戸のすぐ脇に立っていた。その近さに思わずたじろぎ、上位ハンターでありながら気配に気がつかないほど浮ついていた事に気がつき、走っただけでない体の火照りを覚えた。

「その。もう一度、見ておこうと思って……店はまだやってるか?」
「……ははっ!あんた熱心だねぇ。でもそろそろ閉めるから、それまででよければ見ていきな」

昨日とは違う、黒地に紅色の鮮やかな椿が描かれた短い羽織を纏っている。その中に着ているものも、着流しではなく黒鼠色の作務衣に変わっていた。少し大きく開いた胸元から覗く白い肌が、暗い着物で一層際立って見える。長く垂らしていた髪も里娘達のようにまとめられているが、簪の一つでも挿せばいいものを、青年はそこに蓋をはめた筆を挿している。思わず吹き出した男に何事かと振り向いた青年は、視線の先にあるものに気がついて仄かに頬を染めた。

「置くと失くすんだから、仕方ないだろ」
「せっかく着飾ってるんだから、そこまで拘ればいいのに……よりにもよって筆とか、あんたっ……」

拗ねたような顔でふい、とそっぽを向いた青年の耳は赤い。昨日とは真逆のやりとりに、男は声を上げて笑った。

「笑うなって……そうだ、せっかく来てもらったけど昨日の今日だからまだ店頭には出せてないんだ」
「ああ、いや。ふっ……構わない。昨日見せてもらったのを復習しようと思って来たんだ」
「――ナマエさん、そろそろ……」
「ああ、今いくよ」

奥の引き戸から顔を出した作業服の女が、青年へと声をかけた。
……ナマエと、言うのか。音にせず、男はその響きを口の中で何度か転がした。涼しげな青年によく似合う音だと思った。
振り返って短く返事をした青年が、男に向き直りずいと顔を寄せた。少し低い位置にある青年が男と目を合わせようとすると、自然と上目遣いになる。柔らかそうな薄茶の髪が揺れるのを男はぼんやりと見ていた。

「じゃあ好きに見ててくれ。僕は店仕舞いの準備をしてるからさ」

丸くまとめた髪から垂れる一筋を揺らしながら、青年は奥の戸へと消えていく。遅くに来た自分が悪いのだが、男は昨日に引き続きあっさりと戻っていった青年に密かに肩を落とし、虫除けの香が焚かれた店内を二周ほどしてから店を出た。

その翌日。――青年は不在だった。代わりに対応した里娘から青年が見繕ったという着物数点を見せてもらった。
更にその翌日。――青年は不在だった。クエスト受注前、日傘を差し包みを持った青年を見かけたが、雷狼竜の面をした男と話していて声をかけられなかった。
更にその翌日。――青年は不在だった。接客の里娘にそれとなく探りを入れたところ、先日から体調を崩して休養中だと聞いた。
更にその翌日。――青年はいた。
男は暖簾をくぐった途端、目に入った鮮やかな瑠璃紺色の大判のストールを纏った青年に一息で近づいた。流水紋の上に垂れる柔らかな薄茶が、水面に浮かぶ藤の花のようにも見え、肩に触れかけた手が一瞬止まる。一瞬で近づいた足音に驚き振り返った青年から、初日に香った薬草の匂いに混じって薄荷のような匂いが立った。

「久しぶりだな。あんた、体は平気なのか?」
「……、」

フクズクが豆鉄砲でも食らったかのような顔で、青年は口を半開きにした。

「どこで、それを……?」
「えっ?あ、昨日、店員から風邪ひいて休んでるって聞いたんだが……あれ、違ったのか?」
「いや、その通りだよ。里じゃ風邪なんてかかる奴珍しいからな。隠してたんだ」

ほんのりと顔を朱に染めた青年の、嫌に艶かしい顔にごくりと唾を飲んだ。
青年は透けるような細かな刺繍の施された淡い銀鼠色の着流しの下、珍しく墨よりも黒いハイネックの、手の甲まで覆うインナーを着ていた。ゆったりとした着物の透かしの刺繍の隙間から、下に着ているインナーが浮かび上がらせる体のラインが見え隠れしている。上に羽織った鮮やかな青が隠すそれは、肌の露出がない分余計に色めいて見えた。釣られたように男の顔も赤く染まっていく。

「な、んだか……珍しいな。あんたはもっと飄々としてるタイプかと思ってたが」
「そうか?僕はいつもと変わらないが……まぁ、いい。それより今日もいくつか用意したから見てっておくれ」

ぱたぱたと青年が手で火照った顔を仰いだ。鮮やかな青と銀鼠色に包まれた薄い肩から、はらりと薄茶が落ちる。その日はもう、どんな商品を見せられても、青年の細い首元や華奢な手首、薄い腰にしか目がいかなかった。


男は更に翌日、そのまた翌日と、自身の目的を果たしながらという忙しさはあったが、何かと理由をつけて青年が立つ店へと足繁く通った。会える日もあれば会えない日もあったが、それでも男は少しずつ青年との距離を縮められているような気がしていた。
女へと贈る着物は、墨色に近い藍色の花弁に種は黄枯茶色で描かれた向日葵が咲く着物にした。青年の色彩に近いそれは、華やかな知人への贈り物とするには些か暗い色彩ではあったが。
当初の目的通り女へ渡す着物も購入した男は、次はついでに小物も贈りたいと言い、青年の下に通い続けた。


男が里に訪れてから随分と過ぎたある日。
男は、暖簾の奥から聞こえた声に反射的に戸の陰に隠れた。
男に対するよりも少し高い、友人に向けるような気安さを感じさせる青年の声と、親密さを感じさせる男の低い静かな声。

「――じゃあ、頼んだよ」
「ああ。受け取りは明日以降で。……気をつけろよ」
「うん、キミもね。まだ本調子じゃないのだから」
「お前、僕に力があればはっ倒してるぞ」
「ははっ、また手が折れるよ……ああ、そろそろ行かないと」
「ん……お前に、炎の加護がありますように」

青年の声は、囁くようにも、祈るようにも聞こえた。啓蒙な信徒がひっそりと捧げるそれに似た、清廉で神聖な儀式。
長い暖簾が動く直前、男は辛うじて建家の間に身を潜ませた。
ざりざりと地面を踏む音にそっと盗み見ると、男と似た背丈をした見慣れない男がいる。カムラの里のハンターが使うという蟲を使って跳び上がり、瞬く間に里の中に消えていった。
その影を呆然と見上げた男は、暖簾には手を触れず、静かに店の前から立ち去った。

その翌日。――男は店に行けなかった。
暖簾をくぐろうとすると、昨日の青年の声が反響して、男は足が竦んだ。初日に投げられた、挨拶のようなそれとは全く異なる声音だった。どういう顔で祈ったのだろう。あの男とはどういう関係なのだろう。そればかりがぐるぐると男の脳を巡った。
立ち去る男は、しかし後ろ髪を引かれるように一度振り向き、賑わう里の雑踏へと足を戻した。

それから数日。――男はようやく店に足を踏み入れた。
暖簾から顔を出した青年が声をかける。導かれるようにして店内へと入った男は、そわそわと落ち着きのない様子で出された湯呑みを両手で掴んだ。通うようになって久しいが、男は茶を出されるようにまでなっていた。

「しばらく忙しかったみたいだな」

来なかったことを暗に告げられて、わずかに沈んだままとなっていた男の気分が浮上する。

「ちょっとな。ところであんた、この間の男は知り合いか?」
「……この間?」

眉を寄せ、考えるように首を傾げた。しらばくれているわけでもなさそうな様子に、男はあの日見た特徴を上げていく。

「うん……?ああ、それなら多分、この里の教官だよ。うち、加工屋にも卸してるから里のハンターは常連なんだ」

今日の青年は浅葱色に染められた白い麻の葉の羽織に、薄鼠の襟巻を身につけている。例の男と、どことなく似た色彩だった。それがまた男の奥底に眠る、知らない情動を駆り立てた。

「教官?今まで合わなかったが……」
「この時期は基本的に里の警らをしてるからなぁ。あいつは里周辺の哨戒も担当しているし、多分探しても見つからなかったよ。もしかして闘技場受けたかった口か?」
「いや、そういうのじゃないんだが」

そうか、里の人間で教官か。男は独り言ちた。
祈るような声が、耳の奥で繰り返し聞こえる。男はその教官が羨ましいと思った。

「?変なやつ。そうだ、あんた簪も欲しがってたよな。あの着物に合いそうなのいくつか見繕ったから見ていくかい?」
「ああ。ここに来られるのもあと少しだから、頼むよ」

男がカムラの里へ滞在して半月以上経った頃には、男の目から見ても、青年は男に心を開いているように見えていた。だが、予定していた滞在からはとっくに日が過ぎている。故郷からは帰還を急かす手紙が何度も届いていた。青年と会えるのも、もうあと僅かだった。

「俺さ、大陸でハンターをしてるから、カムラのことは製鉄と武具くらいしか知らなかったんだ……」

柔らかな笑みを浮かべうんうんと相槌を打ち、適度に反応を返してくれる青年に、普段はあまり喋らない男の口が滑らかになっていく。青年が聞き上手ということもあるのだろう。
男が口を動かしている間にも、接客用の台の上には青年が選んだ小物が並んでいく。銀細工だけのものや、夏の夜空が閉じ込められたような丸い硝子が一つ飾られたものなど、比較的シンプルですっきりとした見た目のものが置かれた。
銀の細い線を掴む、嫋やかとはお世辞にも言い難い細く骨張った手。ハンターである自身の肉厚なものとは違う薄いそれに、男は思わず手を伸ばして――

「どうした、急に」

男の手が白菊の花弁のような指先を捕らえる直前、気配にも疎い青年とは思えない速さでその手を引き、代わりに男に簪を渡した。その動きの素早さと、自身の無意識の行動に瞠目した男が手渡された簪を取り落とした。しゃらしゃらと音を鳴らし、机の上で硝子がぶつかる。その涼やかな音に、男が我に返ったように慌てた。

「す、すまん、手が滑った」
「あ、いや……気にするな。僕もよく取り落すよ」

青年にはもう少しいると告げていたが、男は明日、カムラを発つ。
薄く笑みを浮かべた青年に、男の腑の底から、ふわりと何かが浮き立った。

「なぁ、その……もし、良ければなんだが」

言葉を止めた男が、一度大きく息を吸った。青年は小さく首を傾げ、その動きにつられて長く垂らされた髪が揺れる。
喉を越えたものが、口からあふれそうになり――

「ナマエさん!里長が至急お呼びです!」

――と、男の言葉を遮るように、悲鳴じみた女の叫び声が店を貫いた。
その声の大きさに肩を震わせた青年が後ろを振り向くと、作業服を纏った里娘が慌てたように青年を引っ張った。

「お客様すみません、緊急の用があり彼は抜けますが、以後は私共がしっかりと引き継ぎますのでご容赦ください!」

青年の腕を掴み、ぐいぐいと引っ張り里娘は奥へと消えていく。戸が閉まる直前、青年が小さく振り返り、結局男に顔を向ける前にその後ろ姿は遮られた。

男は気落ちした様子で最後に青年が持っていた簪を買い、その日の夜のうちにカムラを発った。


男が船着場へと渡った、その日の晩のことである。

「ウツシ。そこにいるんだろう」
「おや、バレてしまったね」

色硝子がはめ込まれていない、通気口代わりの天窓の隙間から黒い影が落ちて来た。男と時折すれ違っていたカムラの里の教官、ウツシ本人だ。
ウツシが現れたことで、緊張し張り詰めていた工房全体の気が緩んでいく。連日訪れる男に対して、弟子達含む工房の従業員は警戒体制に入っていた。

「キミ、やっぱり店番出ない方がいいよ。これで外の男落とすの何度目だい」

青年が客に、特に土産として購入しに来た男性客から懸想されることはよくあることだった。
呆れたような声音のウツシに、几帳で隠れた奥で作業をしていた青年の弟子が強く頷いた。その横、もう一人の弟子が客に言い寄られる数を指折り数え始める。

「はぁ?可愛い弟子達にこそさせられるわけないだろう。預かってる里娘にだって当然ダメだ。だって僕、師匠だぜ」
「でもさぁ、俺も気が気じゃないんだけど。ナマエひ弱だし」
「お前基準なら愛弟子ちゃん以外誰でもひ弱だろ。僕だってカムラの子だから殴り返すくらいできるわ」

弟子達は二人考えた末、揃って両手を頭上で交差させた。弟子判定は無理とのことだ。その様子に、鼻の下まで覆う鎖帷子の下、ウツシはひっそりと小さく笑った。ウツシは見ていて愉快になる、自身の愛弟子とは異なる青年の弟子達のことを気に入っている。

「お前たちも、そろそろ工房に戻ってなさい。わざわざ交代で隠れてなくたって僕は大丈夫だ」

ひょっこりと顔を覗かせた弟子二人は、見るからにどの口が言うんだ。この男誑し。とでも言いたげな表情を浮かべ、自身の師である青年――ナマエをじっとりと見つめた。しっしっ、と追い払うように手を振られ、ため息を吐きながら奥の工房へと下がる弟子達に、ウツシは小さく手を振った。
師たるナマエに似て、どこか慇懃無礼な態度が滲む弟子達ではあるが、生来体が弱く、虚弱な師のことを心から心配していた。特に、黙っていると散り際の花に似た昏い美貌は、誘蛾灯のように男を引きつける。里にいて何もないのは彼の人柄を知っているが故。喋ると結構、口が回るし手も足も出るのだ。そして殴りかかった本人が大怪我をする。ウツシの脳裏に、かつて喧嘩した際に殴られたものの、殴った本人がウツシの筋肉に負けて腕の骨を折った事件が過ぎった。
青年の頃と見た目が一切変わらないが、ナマエと呼ばれる青年は、ウツシと同じ年で共に三十を迎える。赤子の頃から生活を共にし、途中で里守兼ハンターと仕立て屋に道は別れたが、それでも側に寄り添い苦楽を共にしてきた。お互いに足りないものを補うように。

「まぁでも、仮に。……仮に僕に何かあっても、どうせお前助けに来るだろ?」

口の片端を釣り上げた男に、当然だと、ウツシもまた薄く笑った。



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