短編 | ナノ

沢田家長女 09


 ◇

「どうして名前が……!」
 どういうことだと審判役であるチェルベッロに家光が詰め寄る。妻と娘は信頼できる仲間に警護させた自宅で、今夜は安全が約束されている筈であった。そのための手配に、本国で奔走していたのだから。
 けれど、画面には炎に包まれる名前と、その中へ飛び込んだ雲雀の様子が映されている。
 中継はそこで途切れ、すぐに別の戦場へと切り替わった。おそらくザンザスと綱吉の戦闘の流れ弾が当たったのだろう。
「奈々は無事なのか」「奥様はご自宅で眠っていらっしゃいます」「お嬢様は夕方に外出後、監視共々連絡がついていません」
 無線のやり取りが飛び交う。妻は無事なら、人質ではなさそうだ。では何故名前だけがと疑問が残り、同時にあり得ない予感に顔を曇らせた。
 まさか。
 あり得ないと、一蹴することはできなかった。
「あの子は妻と同じ一般人、九代目も認めていることだ」
 年齢、能力、血筋。その全てが揃った後継者になり得る人材は限られている。ボンゴレの継承者は必ず炎を操り、予知や啓示に近い直感力を持つ。それらは死ぬ気の炎、超直感と呼ばれ、連綿と受け継がれ続けてきた。
 抗争中に撃たれた最有力候補エンリコ・フェルーミ。
 海に沈められた若手二番手のマッシーモ・ラニエリ。
 骨になっていた九代目の秘蔵っ子フェデリコ・フェリーノ。
 残すは九代目の息子ザンザスだけとなった途端、当初は秘されていた門外顧問、家光の息子である綱吉の存在が浮上した。
 だからザンザスは極東の島国まで自身の幹部を引き連れ現れたのだ。己以上の正統後継者を廃すために。
「この戦いはザンザスと綱吉の継承争いじゃないのか!」
 家光の隣にいたリボーンは、嫌な予想が当たってしまったと黙り込んだ。
 ここにいる家光は、初代の血筋である。唯一残った正統な末裔だ。その息子である綱吉が覚醒し後継者として選ばれたのなら、名前もまた、その資格は有している。
「この戦いは、存命している守護者全員が集められています。そして、大空の資格がある者もまた、同じように」

 ◇

 名前が目を開けると、黒い炎が揺らぐ中にいる筈のない人影が目に映った。
 水の底に沈んだような意識の中「沢田ーー」耳をくすぐる聞き慣れた低い声が確かめるように何度も名前を呼ぶ。その声を辿るように、茫洋とした視線は中空を彷徨いながら灰色と重なった。「沢田、起きて」炎に照らされて仄赤く光る目が真っ直ぐに名前を見下ろしている。見覚えのある鋭い眼差しがよく知ったものだと気がついた途端、名前の意識ははっきりと覚醒した。
「ひばりくん?」
「ああ。僕だよ」
「どうして……」
 ここにいるのか。いられるのか。
 名前が生み出した黒い炎は誰彼構わず内側から燃やし尽くすものだ。視線一つで炎を灯し、翳した手の先で灰に帰す。だから今までずっと封じられていたのだ。綱吉同様に、九代目の手によって。
「君が見えたから来た」
「ーー、」
 炎の中にいたのが、沢田名前だったから。
 たったそれだけで来てくれた。ふわりと浮き上がった心を、戒めるようにそっと沈める。
 炎に晒された雲雀の白い頬は僅かに赤く火照っているように見えた。瞬きの後に燃やしてしまったらという恐怖から視線は自然と下を向く。
「顔色が良くないな。移動するよ」
 自然と差し出された手を掴もうとして、名前は躊躇うように手を彷徨わせたあと手のひらを握り、ゆるりと頭を振った。
「私、一緒には行けない。先に行ってて」
「このまま君を置いて行ける訳ないだろ」
「ごめんなさい、もう一緒にはいられなくなるから……」
 自身に掛けられた封を剥がされ、毒を与えられ、忘れられていた恐怖を思い出してしまった。その痛み苦しみから出現した炎は、鎮火することなく今も周囲を道連れにするかのように燃え広がっていく。
 見渡せば、初めは教室内に収まっていた炎は既に廊下を燃やし天井へと回っていた。
 今は名前から遠ざかるほどに普通の炎へと変化していくが、やがては手足に灯る炎と同じまま燃え広がるようになるだろう。
 呪われた炎。次に出てしまったら、誰とも関わってはいけない。随分昔に説明されたことを、名前は炎の中悪夢に魘されながら思い出していた。
「それは、これが止められないから?」
「そうだけど、それだけじゃないの」
 窓の外で綱吉と対峙する赤い双眸の男を見る。
 封じられた記憶を思い出したことで、綱吉の置かれていた状況もはっきりと認識できるようになった。これまでは何を見ても違和感を抱かないよう、封印と共に暗示がかけられていたのだろう。
「みんなと一緒にいたら、いつか私の存在が迷惑になる」
 今更同格の力を持った候補者が一人増えるなんて、要らぬ火種になりかねない。ましてやあの男とは異なり、綱吉とは血を分けた姉弟だ。影武者とするには異質過ぎるが、別の御輿とするには十分である。
 沈む思考と共に、俯いた視界の隅で炎の勢いが増していく。
「沢田、」
 だったら、全部手放して遠く離れてーー
「あの人みたいな火種になるくらいなら、私、」
 ーー一人、生きていけるのだろうか。
 思い出を大事に大事に抱えて。
「わた、し」
 抱きしめた両腕からふわりと炎が立ち昇る。夜明け前の空に似た色をしたそれが雲雀との間を区切るように広がりかけた瞬間、
「僕を見て、沢田」
「っ……!」
 炎を超えた雲雀が名前へと手を伸ばした。
 肩を掴まれ、ぐい、と強い力で顔を仰かされる。沈み続ける思考を掻き消すように、炎とは違う黒い影が覆い被さり、炎とは違う熱を感じた。
 ……熱い。熱い。熱い。
 火傷しそうな熱に、思考はそれだけがぐるぐると巡り、真っ白になる。
 どれくらいそうしていたのか、熱が離れる頃には、炎は勢いを無くし埋み火のように仄かに燻るだけとなっていた。
「い、ま……」
 熱の残る場所を押さえた名前が呆然と呟く。
 鋭い灰色にじっと見つめられていることに気付き、慌てて視線を落とした。熱が移ったように顔全体が火照り、雲雀の顔がまともに見られない。
「嫌だった?」
 そう問われて、熱を思い出して再び思考が止まる。
「わかん、ない」
 掠れた声で絞り出したようにそう答えると、再び手が伸ばされる。頬に触れた手の知らない熱さに心臓が音を立てて跳ねた。
「わからないなら、わかるまで試してみようか」
「ぁ……」
 再び影が落ちる。速まる鼓動に自然と瞼は閉じていた。

「おーいヒバリー!」
「モニターだとこの辺りのはず……おい野球バカ! ロッカーにいるわけねぇだろうが!」
 廊下から響く雲雀を呼ぶ声に、動きはぴたりと止まった。
「……残念。続きはまた今度」
 すっと離れた体温に僅かな落胆を感じ、名前は首を傾げた。今、自分はがっかりしていたのだろうか。
「おっヒバリ! ……に、ツナの姉ちゃんも!?」
「十代目のお姉様!?」
 焦げて黒ずんだ教室にバタバタと足音を立てながら山本と獄寺が現れた。雲の指輪の回収が目的だとわかるや否や投げ渡した雲雀に名前は思わず微苦笑する。その姿を見て、山本がはたと首を傾げた。血が染みたシャツに包帯を巻いた雲雀も、目立つ怪我はない名前も、二人してやけに煤けている。
「二人ともすげーボロボロ……というか、焦げてるのな」
「まさかお姉様も人質っスか!?」
「いやぁ、ちょっとね」
「君達……用は済んだだろ。これ以上は蕁麻疹が出そうだ」
「相変わらず協調性のねぇ野郎で……」
 背を向け出入り口へと向かう雲雀に、獄寺がすかさず吠える。
「まぁまぁ獄寺、手分けして探した方が早いだろ」「じゃあ、黒曜の女の子見つけたら連絡するね」「お姉様を働かせるのは申し訳ないっスけど、お願いします!」
「それじゃあ、二人とも気をつけてね」
 最低限の情報共有を済ませた名前が廊下へ出ると、柱に背を預けていた雲雀が名前へ手を差し出した。
「行くよ、沢田」
「……うん」
 今度こそ重ねた手はしっかりと握り返され、そのまま強く手を引かれた。「わっ」傾いた身体に雲雀は顔を寄せると「炎、止まったね」と低く囁いた。



「おい山本……あの二人、あんな距離感だったか……?」
「……さぁ?」




20230717

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