短編 | ナノ

沢田家長女 08


最終戦 大空のリング戦にて
 雲雀vsレヴィ・ア・タン
 ◇

 電気傘(パラボラ)から放出された電気が暗闇を裂いた先に広がっていたのは、あまりにも異様な光景だった。
「なっ……」
「これ、は」
 校舎が暗いのは停電のせいだと思っていた。
 外が黒いのはここが三階端で遮るものがないからだと思っていた。
 けれど、弾ける雷光が瞬きの間照らし上げたのは、まるで憎悪と絶望を形にしたかのような、暗い、昏い、溢れるばかりの黒。
 プロの殺し屋であっても思わず攻撃の手を止めてしまうほど、ザンザスの赤い光球とも綱吉の橙色の炎とも、まして九代目の炎とも違う、あまりにも異質な炎だった。
 異様さにじっとりとした汗が流れる。
「これも君達の仕業?」
「たとえそうだとしても、答えるわけがないだろう」
 雲雀が校舎に細工をした側にいる男を見やると、そのレヴィも信じられないものを見たように一歩距離を取っていた。
「……だが、ひとつ、心当たりならある」
 レヴィの指が奥を指し示す。
 炎がとぐろを巻くように包む教室の真ん中、黒い陽炎が揺れる奥に何かがあった。
「あれ、は」
 目を凝らしてやく見ると、黒炎に覆われた下に雲雀にとっては見慣れた並盛の制服が横たわっている。
 あれは、女子の制服だった。嫌な予感にぞくりと背筋が粟立つ。
 確かめようと一歩踏み出した足を炎が舐めたことさえ気付かずに、雲雀は縫い付けられたようにその少女を凝視した。
 似ていると、思ってしまった。
 その薄い肩が、白い腕が、明るい髪が。
 黒い炎の中に横たわる少女が、よく見知った彼女に似ていると、気づいてしまった。
「沢田……?」
 いるわけがないと思っていた。
 ーー笹川の妹はいたけれど。
 いないことを願っていた。
 ーー沢田の弟が中心だとしても。
 彼女だけは、全ての騒動の外側にいると信じていた。
 ーー沢田の父親が、沢田が、一言も話さないから。
「沢田……!」
「やめておけ」
 駆け出そうとした雲雀の前にレヴィが立ちはだかる。
「あれでは助かるまい」
 淡々と告げるレヴィの視線は、雲雀から教室を包む炎へと移る。炎が発する熱はじりじりと肌を焦がし、少しずつ周囲の建物を呑むように燃焼を広げている。
 その嬲るような熱気に、訓練を受けたわけでもないただの少女の生存は不可能だと暗殺部隊に身を置く経験から判断した。
「同じ血に連なるとは言え、己の力の制御もできず自滅など口ほどにも、って熱ゥ!」
 炎が制服に燃え移ったレヴィが叫び消火の為に転がり回るのを横目に、雲雀は一歩、教室へと足を踏み入れた。「おい!」レヴィが呼び止めるも、直後黒炎が雲雀の姿を隠すように燃え盛る。
 じわじわと侵食していく炎の領域を避けるようにレヴィは立ち上がると、敬愛するボスの敵を討つために校舎の移動を開始した。
「ふん、忠告はしたぞ」
 その背後で、外界を閉ざすように炎が揺らめいた。

 ◇

 肌を舐める黒い炎が全身を包んでも、足は止まらない。
 風紀委員として見過ごせなかったのだ。生徒が少女でなくとも、少女だと知った以上はなおのこと。
 けれど蒸し焼きにされるような熱さは、雲雀が思っていた通りにすぐに身体を通り過ぎた。
 炎の海を抜けると、倒れ伏す少女を囲むように、あるいは避けるように炎が渦巻いている。
 やはり普通の火ではなかったのだ。
 作動していないスプリンクラーは、先程ザンザスが放った炎にはしっかりと反応していたことを雲雀は目撃している。鉄とコンクリが溶け落ちる熱にも耐えた校舎の防災装置が、人間一人溶かせない熱に反応しない筈がない。
 何よりこれほどの炎に包まれてもなお、彼女はまだ息をしていた。炎の中を進んだ雲雀も問題なく息が出来ている。
 つまりこの炎は本物の炎ではなく、自然現象とは異なるもの。
 とは言え、幻覚を見た時のような不快感もない。代わりにあるのは、酷い悪夢を見たような焦燥感に似た苛立ちだった。
 それは、例えば、あの子が消えてしまうかのような。
「沢田。起きて、沢田」
「ぅ……ぁ、ぇ……」
 投げ出された腕に触れて何度も呼びかける。呼吸は酷い風邪を引いた時のように荒く、血の気は引き玉のような汗が浮かんでいる。辛そうな様子に呼応するかのように、周囲で炎が揺らぎのたうつ。
 それはまるで、彼女の苦しみを表しているようで、
「……君の力なのかい」
 炎に苛まれているのではなく、彼女の苦しみが炎として表出しているのではないか。
 沢田綱吉が額と拳に炎を灯すように、姉である沢田名前もまた炎を灯すことができたとしても不思議ではない。
 そうだ、家庭教師だと言い何度も訪ねて来た跳ね馬ディーノも、こうは言っていなかったか。
 ーーそれでも最後はボンゴレの血が選ばれる、と。



2023.0701

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