沢田家長女 case.ボンゴレの血統02
◇
「またもどきか」
つまらなさそうに呟くと、雲雀は飛びかかってきた犬のような何かをトンファーで受け止め、頭部目掛けて横に殴打した。
触れた場所から雲の炎が燃え移り、瞬く間に生き物もどきを火だるまに変える。
どれほど嬲り肉を断っても置き上がり雲雀へと牙を向けたそのナニカは、雲雀のトンファーが纏う雲の炎には弱いようで、触れた傍から燃えて消失した。
ぴくりとも動かないそれは解けるようにして肉を失う。後に残るのはからからに乾いた骨だけだ。
振り返ると雲雀が通った後を示すように点々と残るそれは、まるで童話に出てくる月の光を受けて光る白い石のようだった。
つい少し前、雲雀が廊下に落ちていたどこか見覚えのある結晶の破片を拾い上げると、何の変哲もない廊下は途端に異界へと様変わりした。
雲雀が予め記憶している城の大きさと中身の広さが異なり、どこまで歩いても終わりが見えない迷路とあからさまな罠に誘導。ただでさえ嫌いな幻術と幻覚のフルコース。加えて、戦い甲斐のない生き物もどき。
全てが雲雀の神経を逆撫でし、苛立ちばかりを募らせた。
「……手持ちが先に無くなりそうだな」
ぱきりと音を立てて砕けた指輪を見て独りごちる。
募る苛立ちは雲雀の波動をより強くさせ、使い捨てにしている精製度の低い指輪の耐久をより早く減らしていた。
匣兵器(ロール)が禁止されているのも原因だ。
流石に無闇矢鱈に周囲を壊すほど理性がないわけではないが、苛立ちの余り壁を壊して侵攻した前科は何度かあった。口約束では足りないと思ったのか匣ごとリボーンが保管している状態である。
加えて、今回はマフィアとは異なる術師も多く参加している催しのようで、それでなくともお忍びという前提があるため、極力その素性が割れかねない持ち物は封じるよう厳命されていた。
本部の城がある本国とは言え、首都からも離れた国境近くの片田舎では襲名したばかりのボンゴレ十世の顔など誰も知らない。傘下の傘下、下っ端同然の者達であればなおのことである。
だから、人混みに蕁麻疹が出かかった時に予定外の抗争が始まったのは幸運でもあった。
この隠れ鬼を放棄することを選ばなかったのは、ただただ、探しものが見つかりそうだったから。
染み付いた消毒液や薬品の混ざった臭い。
少し年季の入った白い壁。
灰色のデスク。
合皮の細いソファベッド。
少し大きい白衣が忙しなく揺れるところ。
忘れることなど一度もなかった。
ある日突然取り上げられた、取り上げられてから大切だったと気付かされた、雲雀恭弥の探しもの。
懐かしい並中に置き去りにされたままの何でもない日常の一コマ。
感傷を振り払うように視線を落とした時計すら、針は同じ時を行ったり来たりを繰り返す。過去に縋りもできず、進むこともできないままの己のようだ。
舞踏会の喧騒も既に遠く、雲雀は微かな残り香と己の勘を頼りに複雑に入り組んだ廊下を進む。
そして、ようやくたどり着いた先は、何もない、ただの壁だった。
「行き止まり?」
壁紙をなぞる。手のひらの感触は確かに硬い壁だ。
有幻覚特有の不快さは感じなかったが、似たような違和感は覚えた。
何かに遮られている。
誰かに阻まれている。
その苛立ちに呼応するようにリングの炎が強まった。途端、目の前の壁がぐにゃりと揺らぐ。
やはり行き止まりではない。その確信に口角が上がるのを感じる。
間違いなく、この先に誰かがいる。
「君だといいな」
瞼に焼き付いた少女は決して雲雀を振り向かない。
指に通した藍色の宝石が淡く輝きを帯びると、霧のように薄く広がった藍色の炎は、瞬く間にその幻像を打ち消すようにかき消した。
水面が揺れて映り込んだ景色が歪むように、白い壁が波打つ。その先に同じ廊下と、黒塗りの豪奢な扉があるのを見つけると、雲雀は躊躇なくその膜を通り抜けた。
2023.0613
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