沢田家長女 case.ボンゴレの血統01
◇
始まりは一発の銃声だった。
血を噴き出して倒れたのは地元の有力者、という名の自警団(マフィア)。決して大きくもなければ歴史も浅い新興であれど、その首領が暗殺されたとあれば始まるのは犯人探し。
であれば良かったが、統率者を無くした集団の結束の瓦解は早い。まして元は荒くれ者である。
「ま、こうなるとは思っていたよ」
薄いドア一枚隔てた先で、無数の発砲音と男達の怒声が響く。
「今回ばかりはやめてくださいね、先生」
「言われずともそのつもりだ。そもそもこれは事件ですらないだろう」
「おや、事件なら関わるつもりだったと取れるが、我が兄上」
ライネスのひんやりとした声にぐぅ、と唸るような声が上がった。
取り直すように咳払いをすると、小さなクッションに置かれた結晶を覗き込む。名前の炎を凍らせた、決して溶けない氷だ。即席の水晶もどきだが、使い魔の目にも同じ結晶を仕込んだ遠見の魔術の一種である。
その淡く輝く結晶が魔力に反応し、ぼんやりと景色が浮かんだ。
「様子はどうだ」
結晶の中で似たような景色が流れて行く。
数人の男が何やら扉を開けて中を確認しているような様子を最後に、ぱきりと音を立てて砕けた。
誰かに気付かれたか、偶然踏み潰されたのだろう。
「誰かを探しているようにも見えたな」
◇
「ちょっ、雲雀さん! 勝手に動いたらまずいですって!」
「赤ん坊がいるなら僕はいいでしょ」
「いやそう言うことじゃなくて! オレ達バレたらまずいんですって!」
「そもそも着いて来るだけで良いって言ったのは君だよ」
だからどうした、自分には関係ないと、不機嫌さを隠さない伶俐な美貌に見下ろされた綱吉は、うっと喉を詰まらせる。
そもそも十代目として正式に就任している綱吉が側近二人だけを伴いイタリア北部の片田舎まで訪れたのは、新たに傘下に加わる予定である組織の視察のためだった。つまり完全なるお忍びである。
「雲雀、この件下手に関わるとお前の嫌いな面倒が増えるゾ」
学生の頃から変わらない主人とその側近の姿に、リボーンはため息を吐きながら可愛い教え子に助け舟を出す。ボスらしさが出てきたとは言え、おそらく歴代でもトップクラスに自由を体現するこの男に対しては、さながらリードを振り回される飼い主のようである。
それに実際、何やらきな臭い動きもあった。
けれどそれに対する返答は、リボーンの予想とは異なるもので。
「構わないさ。昔失くした探しものが、やっと見つかりそうなんだ」
強者を前にした凶悪なものではなく、血が凍るような気さえするほどの凄艶な笑みを浮かべていた。
それはもはや、綱吉達のことは眼中にないような。
リボーンの目が綱吉へと向けられる。この場で判断を下すのは一番立場が上の綱吉だ。これはそういう、友人や先輩を部下として命じることに慣れるための、訓練としての意味合いもあった。
それを理解しているから、雲雀の鋭い眼差しも遅れて綱吉へと向いた。
……自由人だけど、こういうところしっかりしてるんだよなぁ。
本部以上に統率が取れた雲雀が立ち上げた彼自身の組織を思い浮かべ、
「ぁーーオレ達がいると絶対に知られないで、隠密行動に徹していただけるなら、ご自由にオネガイします」
綱吉は及び腰になりながら、なんとかそう返した。
「そう。……ああ、迎えが来たら先に帰ってていいよ」
「ハイ、オキヲツケテー」
呆れたようにため息を吐くリボーンを横目に、もしかしたら逆だったかもしれないと、綱吉はそっと雲雀から目を逸らした。
当初、視察は綱吉とリボーンだけの予定だった。
そもそも視察の件を言い出したのはリボーンである。ボスたるもの、超直感に頼らず相手を見極めることができて当たり前とのことで、忘れた頃に降り掛かる個人授業の延長戦だった。
それを、直前になって雲雀を加えたのは綱吉の直感のせいだ。わざわざ日本から、渋る雲雀をプライベートジェットを急ぎ飛ばしてまで招集した。
開かれた扉の先から争いの音が漏れ聞こえる。
「何かあれば、通信繋いでくださいね!」
綱吉は今度こそ、その黒い影を見送った。
超直感が雲雀を示したのは、本当はこの場に来させてはいけないという意味だったのではないかと、そんな不安を抱きながら。
2023.0609
- 24 -
[*前] | [次#]
ページ:
[戻る]