短編 | ナノ

モルガン成り代わり promise of wizard 03




 反転した旭光の輝きは島に踏み入れた外敵ごと大地を焼き、海を裂き、ブリテンを少しずつ世界の表層から遠ざけていった。
 聖剣もなく、聖槍もなく、あるべき円卓も白亜の城すらもない。
 ただ島のためだけに戦ってきた。
 正しく島の主人であるモルガンにとっては、人間の定めた城などという要塞は不要だ。島そのものが彼女の陣営。その大地に足をつく限り、そこがモルガンの玉座になる。
 海を渡るような遠征はせず、ひたすらに蛮族を迎え撃つことを選んだ。
 その果てがこれだった。
 民に拒絶され、国に剥奪され、島に否定された。モルガン(わたし)が迎えた終わり、黄昏に染まるカムランの丘。
 この身に宿る原始の呪力だけで守ろうとした古き最後の神代(ブリテン)は、稀代の魔女にして妖精妃モルガンの死によって永遠に閉ざされるのだ。
 いやだ、まだ終わらせたくない、ブリテンを諦めたくない。ブリテンだけが生きる意味なのに。
 そう、モルガンの中で誰かが叫ぶ声が耳鳴りのように脳内に響く。
 モルガンが選んだブリテンの存続が受け入れられなかったのだから、自分が打ち滅ぼしたかの卑王同様に去るべきだったのだ。モルガンらしくない感想は、随分と昔に嫉妬と怨嗟の波に呑まれて沈んでいた。
「ーー」
 翳された聖槍は惑星に堕ちる流星のようにモルガンへと迫る。展開している魔術式では防ぎようのない、決定的なとどめ。
 その輝きが胸を貫く寸前。
 よく似た顔が迷子のような顔で、モルガン(わたし)に手を伸ばしていたような、そんな気がした。


 ◆

 耳の上から蓋をするような音の洪水に驚いて目を開けると、そこは天と地も曖昧になるほどの白い世界だった。
 呆然と辺りを見渡すが、白い世界は変わりなくモルガンに纏わり付く。時折、風の気まぐれで鈍く澱んだ空が見え隠れするくらいだ。吐き出した息はあっという間に攫われて白かったのかすらもわからない。
 いつまでそうしていたのか、指先は凍え髪が凍る頃になって、モルガンはようやく臓腑にまで響くのは吹雪の音だと気がついた。
「本当にいるとはな。これがスノウ様が仰っていた異世界の賢者か」
 不意に、吹雪の中を縫うようにして酷薄な声がモルガンにかけられた。視線を上げると、そこだけ風避けの加護があるかのように人のカタチに雪が渦巻いている。
「人間風情がこの雪でまだ息があるのか? 死んでいたらそれはそれで困るが、驚いたな」
 人影はゆったりとした足取りでモルガンに近づくと覗き込むように腰を落としーー新緑を包む暗雲と薄氷がかち合った。
 その瞬間、ばち、と音を立てて魔力が爆ぜた。
「っ、ーー」
「これ、は」
 契約と魔力供給の回路(パス)が開通する。
 吹雪の檻は一瞬にして霧散し、黄金の光に溢れた。
 目を塞ぐ雪が消えたことで、モルガンの目に映る人影が典雅な礼装(ドレス)を纏った美しい男へと変化する。
 夢のように美しいが、纏う魔力は恐ろしく冷たい。暖かな草花の香りでは誤魔化しきれない冷酷さをモルガンは感じた。思い出の底に沈めて蓋をした誰かと似ているような、人でなしの気配だ。
 突然のことに驚いた男は飛び退こうとするが、爆発するように励起した大気のマナがうねりを上げ男とモルガンを中心に渦を巻いているせいで、立ち尽くしたまま呆然とした様子でモルガンを見下ろし、そして自分の身体へと視線を向けた。
 吹雪除けの呪いが施された重厚感のある服の上からでもわかるほど、男の胸下が強い光を帯びている。モルガンと繋がった魔力のパスの根がそこにあった。
 その光の中に歪な黒百合の紋章が一瞬浮き上がると、途端に水を打ったような静けさが戻る。
 魔力の暴風で雪雲はすっかり空からかき消え、モルガンと男の頭上には満天の星空が広がっていた。
「今のは……選ばれた、のか?」
 つい先程まで熱を発しながら黄金の光を放っていた胸を押さえた男が呆然と呟く。強い繋がりを感じたのは視線が合った一瞬のことで、今は何も感じない。
「……いや、それよりもそのままでは寒いだろう」
 男がモルガンへと手を差し出すと、男の骨張った手に細く白い手が重ねられた。戦鎧から普段の黒い礼装(ローブ)に戻っていたモルガンの装飾品と日に焼けていない肌を見て、平民ではないと判断してのことだ。
「これからお前をある方々の城へと迎える。私はその遣いで来た」
 賢者を見つけ次第、丁重に城へと連れてくること。それが男が命じられたことだった。与えられた予言(ヒント)は吹雪の中と、氷のような女の二つだけ。
 けれど、きっとこの女が賢者だと、男には確信があった。


20230531

- 11 -


[*前] | [次#]
ページ:



[戻る]

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -