短編 | ナノ

モルガン成り代わり promise of wizard 02




 真っ直ぐに飛んでくる光は、まるでかつて丘の上で見た切っ先のようだった。
 モルガンは防壁の展開すら忘れ、ぼんやりとそれに見入る。思えば、この地で吹雪の中に放り出されたのも最後(カムラン)の丘で胸を貫く光を受けてからだった。
 奇しくも今宵は、モルガンがこの星に顕れた日と同じ星の位置である。
 条件は揃っていた。
 あの光は間違いなくモルガンを斃すものだ。どれほど魔術を巡らせようともモルガンでは打ち破ることができない光。先送りにした運命がついに時空を超えて追いついてしまった。
 で、あれば。ここまでか、と。モルガンは懐かしい衝撃を受け入れるように目を閉じた。
 戦況は特段不利ではない。あと数撃で大いなる厄災を退けることはできるだろう。……たとえ、賢者(モルガン)がいなくとも。

 ◆

 それを見た時、フィガロの中でぽつりと何かが落ちたような、歯車が噛み合ったような感覚があった。そこに賢者が消える仕組みを垣間見たような気さえして、気付いてはならないことだと心が理解を拒む。
「っ、モルガン!」
 呪文を紡ぐより早く、膨大な魔力を消費したフィガロは心が求めるままに己の賢者の下へと転移した。
 腕を引くと簡単によろける華奢な身体を、大いなる災厄の光から守るように己の身体で遮る。
 驚きからモルガンの口が小さく開く。次いで、骨を通り越して臓器にまで響く衝撃が走る。それはかつて祭祀で聴いた大きな打楽器が打ち鳴らす音にも似ていた。
「フィガロ……!?」
「っ……」
 正直なことを言えば、フィガロはモルガンを庇うつもりは一欠片もなかった。
 どれだけ情があろうと、恋慕を募らせようと、賢者とは大いなる厄災を再び天へ押し返すまでの付き合いに過ぎない。厄災との戦いが終われば人知れずいなくなり、魔法使い達の記憶からも輪郭だけを残して薄れていく。
 顔も、声も、語り合った日々すらも。
 それは、あのスノウとホワイトすら逃れられない忘却の呪いだ。
 大いなる厄災と戦うことはすなわち、モルガンとの別れが近づくことでもある。
 ……だから。
 だからいっそ、形が残る別れであればと願っていた。
 この世界の魔女ではないモルガンは石にはならない。人間同様にその姿を残したままゆっくりと朽ち果てる。フィガロが魔法をかければ、まるで眠っているかのようにその時を止めるだろう。霞のように消え去ることもなく、フィガロが石になるその時まで。
 独りよがりなものだとしても区切りがほしかったのだ。だから、フィガロは助けるつもりはなかった。
 それが、厄災からの光線を見上げ手を伸ばしたモルガンに驚いて、つい腕を引いてしまったのだ。
 モルガンの白く細い指先が、薄く透けていたのを見てしまったから。
 ごぼ、と口から血が溢れる。止血をするための呪文すら紡げない、自らの血液で溺れるような感覚だった。
 どうにかしなければと思う一方で、ぱたぱたと落ちる鮮やかな赤が純白の賢者の礼装を汚す様に、目が縫い付けられたように離れない。
 魔法使い達を導く賢者に願われた穢れのない色。供物を思い起こす清らかな色。全てを覆う雪の色。
「ーー!!、……!」
 懸命に伸ばされた手を掴むとフィガロは霞む視界の中確かめるように顔を近づけた。雪のように溶けて消えていないかと、握りしめたモルガンの手は透き通ることなく白いままだ。
「よかっ、た」
 安心した途端に世界が揺らぐ。「ーーァ、」フィガロはもはや震える唇の音すら上手く聞き取れなかった。
 支える力を失いモルガンへと倒れ込むフィガロの弱りきった姿に、薄氷の瞳が見開かれた。今までにないほど近くで見たそれは、フィガロの瞳の色が映り込み、まるで曇り空の下に広がる海のようにフィガロの目には映った。
「フィ、ガロ……フィガロ……!」
 崩れるように倒れたフィガロは雪の上へ落ちる。モルガンはフィガロの傷に手を当てると懸命に魔力を注ぎながら叫ぶように何度も名を呼んだ。月の魔力と相性の悪いこの星の魔法使いの肉体は、魔術の天才(モルガン)をもってしても底が抜けた穴に注いでいるかのように手応えがなかった。
「フィガロ、息を……! 貴方の魔力なら出来るはずだ!」
 フィガロ、と呼ぶ唇の動きは読み取れてもフィガロには音が届かない。「ダメだ、目を閉じるな!」次第に白く閉ざされていく視界の中、無意識のうちに遠ざかる海へフィガロは手を伸ばす。
 そしてその背に、再度大いなる厄災からの光が降り注ぐのが見えた。
 見えてしまった。
「ォ、ぁ……」
 大気に解けかけた意識が集まってくる。
 心臓を氷の手で撫でられたような気さえした。
 モルガンはフィガロに気を取られ、背後に再び灯る光に気付く様子はない。
 ……ああ、いけない。逃げろ。逃げてくれ。頼むから、
 凍りついたような口を懸命に動かしても喉は震えない。自らの血で溺れた肺は上手く空気を取り込めず、動くことを止めていた。
 魔法使いでなければ死んでいる怪我。魔法使いであっても石になる致命傷。
 フィガロは生まれて初めて、誰かの助けを心の底から願った。
「フィガロちゃんや!」
「ーーノスコムニア!」
 二つの低い声が交わりながら雪原に轟くと、大地から天へ丸く開いた空白を裂くように、極光の柱が宙を走った。

 ◆

「フィガロ、フィガロ! 目を開けて……お願いだから、」
 一切の躊躇なく手のひらを切り裂いたモルガンの魔力がフィガロの胸に空いた穴から体内を循環する。彼の血液に代わり酸素を運び、臓器を維持し、細胞を修復していく。規則的に動かされ続ける鼓動だけがフィガロをこの世に繋ぎ止めていた。
「あぁ……フィガロちゃんや……」
 石にならない以上は死んでいるとも言えず、かと言って生きているわけでもない。変わり果ててしまった一番弟子の姿にホワイトが苦しげに顔を歪ませた。
 なりふり構わない蘇生は荒々しくもあるが、術式の展開、魔力の流れ、身体構造の把握、何を取っても繊細さを極めた神域の技術であった。常の雪原のような表情とは打って変わって必死の形相でフィガロの蘇生を試みる賢者の背にスノウの手が触れた。
「賢者よ……無理じゃ。もはや手の施しようがない。魔法使いの核である部分が砕かれてしまっておる」
 厄災が放った光線はフィガロの紋章ごと肉を抉り内側を貫いていた。未だに砕けず形を保っているのはモルガンの治癒もあるが、偏にフィガロが強い*v@使いであるからだ。
 他の魔法使いよりもモルガンが手を施す為に残された時間が多かっただけであり、治癒の手を止めれば直に多くの魔法使い同様に石へとその身を変えるだろう。
「そこまで想われて、フィガロは幸せであったはずじゃ」
「まだ、まだだ……! フィガロはまだ死んでない!」
「賢者よ……いくらそなたが、こと魔導において天才であるとしても、この世界の理を曲げることは容易ではない」
 看取る間もなく砕けていてもおかしくない致命傷だった。それでもこうして、フィガロの安らかな寝顔を最後に見られただけでも、スノウとホワイトには十分過ぎる。魔法使いの死とは一瞬で呆気ないものだと誰よりもよく知っているからだ。
「それでも、フィガロは死なせない。私が生かしてみせる」
 ……たとえ、私(モルガン)でなくなろうとも。


20230514

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