短編 | ナノ

沢田家長女 07




「そうだ、まだきちんと紹介してなかった子がいたね」
 白蘭は突然思い出したようにそう言うと、大袈裟な仕草で両手を広げた。白い服、白い肌、白い指先。差し向けられたその先へ、自然と視線が移る。
「おいで、君の紹介をしよう」
 白蘭が示す先は、いつも彼の後ろに控えていた護衛だった。
 ホワイトスペルの装束に、フードを目深く被った女性。エスコートされて白蘭の前に歩み出るあまりにも隙のない足取りは、まるでそうプログラムされた機械のようだ。
「さぁ、君の顔を見せてあげるんだ、ニュクス」
「はいーー」ぱさりと微かな衣擦れと共に、白く隠すように覆っていた幕が落ちた。「ーー白蘭(マスター)」
 表情のない、白皙の人形が露わになる。
「なーー」「あはは! いいね、その顔! 僕が見たかったものだ!」
 白蘭の嘲笑すら反応できないほどの衝撃が走る。一瞬、何を見たのか理解が出来ず、遅れて息を呑む声が漏れた。
「どう、して……」
 色のない髪。
 ーーきっとかつては、朝焼けを束ねた色だった。
 光の無い澱んだ瞳。
 ーーきっとかつては、蜜のような甘やかな色だった。
 額に灯る宵闇よりも黒い炎。
 ーーきっと、優しい黄昏色のはずだった。
「ねえさん……!」
 フードを取った貌は、色彩こそ違うものの名前と同じだった。
 獄寺がドッペルゲンガーかと一人怯えるが、綱吉の超直感は、わざわざ似せて造られたものではないことを教えてくる。白蘭の隣に立つ女は、紛れもなく沢田名前本人だと。
 それは十年後の、この時代にいる雲雀恭弥の推測が正しかったことを証明していた。
 沢田名前は死んでいない。その肉体はまだ動いているとーー
「あまり驚かないのね。死体が動いているというのに」
 血の気がない肌は青白く、黒い炎の揺らぎに合わせて時折発光するように紋様が浮かぶ。
 抑揚の無い声は同じ音であるはずなのに、少し前まで毎日耳にしていた柔らかな声が、今はあまりにも遠く懐かしい。
「姉さん、どうして……っ」
「……一つ、訂正を。ボンゴレデーチモ、貴方の姉は十年前に確かに死にました。既に私は私でない。この機体(な)はニュクス。死の淵から蘇った、憎悪のワルキューレです」
 声も、貌も、全て同じ。
 しかしその奥には見覚えのある、憎しみの炎を揺らめかせていた。




「ニュクスの正体が、死んだ筈の沢田名前だって……!?」
「正ちゃんにも言ってない、僕の本当の秘密兵器さ」
 悪戯が成功した子供のように笑う白蘭は、嬉々として詳細を語った。手にした沢田名前の遺体の悲惨さと、今に至る改造の成果を。
 与えられた役割は真六弔花のリーダー。そして、新たな7³の基盤となること。
 そのために少女の死体は、並行世界から得た白蘭自身のエネルギー・ゴーストと名付けたものをリソースとして注がれ、さらに様々なエッセンスを加えたことにより、修羅開匣の完成形にして最終兵器へと改造(デコレーション)されたのだ。
「僕の目的は7³とニュクスを同化させ、彼女そのものを究極権力の執行者にすること。この世界の真理に人格を与えるなんて、どの世界の僕も為したことのない偉業だよ」
 まるで、新しいゲームの攻略を思いついたような無邪気さだった。
「でも、一つだけ欠点があってね。僕が名前ちゃんを手に入れることができる世界は決まってるんだ」
 白蘭が沢田名前の肉体を手に入れることができるのは、十年前のリング争奪戦時の暗殺計画が成功した場合に限る。それはどう先手を打っても変わらない、確定された歴史だ。争奪戦が起きる前だろうが、後だろうが、そのタイミングでなければ白蘭は沢田名前に近づくことすらできなかった。
「みんなの目が離れる瞬間は名前ちゃんの人生で一度しか訪れない。それ以降はどの未来も雲雀恭弥が厳重に隠してしまって、どれだけ偶然を積み重ねても手に入らないんだ」
 加えて、この世への強い未練が必要だった。それこそ、蘇ってまで殺したいと願う、強い憎悪が。
「蘇生に必要なものもバランスも決まってる。死んだ時のあの精神状態に至るタイミングだって重要だ。正直ユニちゃんよりレア素材だよ。……それでもこの*lには彼女が必要だった。彼女を覚醒させられれば、どの世界の僕もだし抜けるマスターキーになり得るから」



20230506
雲雀さん誕生日盛大に遅刻してます。BAD1ですが結末は一応ハッピーエンドの予定。

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