短編 | ナノ

刀剣女士・山姥切国広 ×fgo 00


 
 祈りが聞こえた。
 かき消えそうなほどに小さな祈りが。
 けれど、少女の声で、赤児の声で。助けてほしいと希う声が。生きたいと足掻く声が。
 冷たい玉鋼の命を燃やすような、熱い祈りの声が、微睡み眠るこの身を揺り起こす。……でも、どうせ他の誰かが応えるだろう。そう思って様子を見るも、声はずっとこだましている。どうやらこの祈りは己だけが聞き届けたようだった。
 ならば、いいでしょう。誰に届くこともなく、誰も応えることがないのならーー
 私が、応えましょう。

 ◇

「それじゃあ、始めるね」
 マシュだけでは負担がかかるから、ドクターからの勧めでサーヴァントを召喚することになった。
 レイシフトしたのはいつまた襲われるかわからない、危険な場所だ。土地に流れる霊脈からは少し離れているし、触媒も無い。そもそも魔術のマの字も知らない人数合わせのための名ばかりマスター。
「はい、いつでも大丈夫です、先輩!」
 だから、召喚サークルすら描けなくてマシュの盾を代用している始末。
「文言はもう覚えたね?」
「大丈夫、多少噛んでも問題ないよ。むしろそれでも良い優しい英霊が来てくれるさ」
「ドクター、ダヴィンチちゃん」
 詠唱だって、本当に今さっき暗記したばかり。
 だってまさか、誰もこんなことになるなんて思ってなかったから。
 場所も、人も、何もかもが間に合わせ。成功する確率は極めて低い。
「素に銀と鉄ーー」
 それでも、と。
 それでもどうか、応えてくれる英雄がいるのなら。
 世界を一緒に守ってほしい。
 ーー違う。
 マシュだけを戦わせないように。
 ーー違う。
 みんなの未来を。私の明日を。私、私はーー
「っ……汝、三大の言霊を纏う七天」
 体が焼けるように熱い。手の痛みに反応して心臓も痛くなる。
 こんなに苦しいと思わなかった。
 こんなに辛いと知らなかった。
 やめてしまいたいと思う心を、ついさっきの、目覚めたばかりで襲われたあの恐怖で押さえつける。
 そうだ、私の願いはーー
「抑止の、輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
 ーーしにたくない。いきたい。たすけて。
 詠唱する声は情けなく震えている。突き出した手の甲に刻まれた令呪が焼けるような痛みを生む。
 日本で平和に暮らしていたのに、どうしてこんなところまで来てしまったのか。どうしてアルバイトに応募なんてしてしまったのか。
 だから、強く願った。
 死にたくない。こんなところで、と。この瞬間、私はなによりも自分の命を願っていた。
 最後の小節を紡ぎ終えると、令呪は一層輝いた。満ちる魔力は暴風となり渦を巻く。目も開けられないほどの勢いの中。私は確かに、今はもう懐かしい、よく見知った白い花弁が舞ったのを、見た。
「凄いぞリツカちゃん、成功だ! 霊器グラフは……これはかなり良いぞ、セイバーだ! しかもかなりの高出力! 完全に即戦力だよ!」
「あ……成功、した……?」
 風がおさまると、目の前のサークルには白い布を目深に被った長身の女性がいた。腰には昔資料で見た、日本刀が下げられている。
「サーヴァント、セイバー。あなたの祈りで呼び起こされた。どうか、よろしく頼む。私の主」
 その柔らかな声に、乾いた目からぽろりと涙が一つこぼれた。


20230129

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