沢田家長女 06
現代で暗殺部隊を壊滅させてから未来へ引き寄せられた所を総帥がキャッチ。
刺された腹部は燃えるような熱を孕み、血が止めどなく溢れ続けている。全身を走る痛みと苦しみに脳が焼き切れそうだった。体の芯は凍っているみたいに寒くて凍えそうで、視界が霞み、音が遠くなる。
薄い炎の膜に覆われたように、思考は赤く鈍く、蝋燭から上がる煙のように消えていく。
でも、それでも。
最後に見た男が胸に刻んだエンブレムで、私が切り捨てられたことだけは、確かに理解した。
ーーこれは誰にも見せてはいけないよ。
ーー知られなければ君は守られる。
嘯く老人の声と約束が蘇る。
憎い。憎い。憎い。言われた通り、ちゃんと仕舞っていたのに。漏れ出た声は、自分でも驚くほど怨嗟に満ちていた。
恨みと憎しみ、それから死ぬことへの恐怖で真っ暗になる。
ああ、溢れてしまう。
そう思った直後、振り向いて目を見開いた人間だけは、はっきりと見えた。
***
ーー今では当たり前となった覚悟を炎として灯す戦闘。それを指輪のような媒体無しに行える、生まれついての異能者達がいる。そしてかつては、その一人達から始まった組織があった。
この世の七不思議を蒐集していると噂を流せば、擦り寄ろうとする者達は簡単にそれを差し出してくれる。
ーーその組織が隠してきた秘密の一つに、失われた信仰の神と人間との間に生まれた混血の末裔が初代だとするものがある。弟は善き炎を、姉は悪き炎をそれぞれ継いだと。
ーーそしてその色は、その性質に応じた色をしていると。
黒い炎の海に消えた彼女を探して五年。
ついに現れた炎感反応が示した場所には、黒い炎のような少女が、ただただ立ち竦んでいた。
銀の飾りがしゃらしゃらと鳴り、黒いドレスは蜃気楼のように揺れる。
少し色素は薄くなっているが、一度見れば忘れられない人形めいた白皙の美貌は間違いなく彼女のものだ。月光を束ねたような髪も、蜜色の瞳も変わらない。最後に見た五年前と同じ容姿のまま。
間違いなく十年前の¢田名前がそこにはいた。
ただ一つだけ、陶器のような肌は所々炎に覆われ、渇いた大地のように幾多の罅が走っていることを除けばーー
「ボンゴレは、燃やします」
内側から溶かされるような甘い声が響いた。直後、足元から炎が立ち昇る。草木に火が移り、地にその影だけを写して消えていく。黒い染みのような影だ。もしくは、そこだけ世界を切り取ったかのような。
その禍々しさが、何度も見返した資料画像と重なった。十年前に一つだけ残っていた人型の黒い焦げ跡に酷似した影。
それは公式には沢田名前の焼け跡だとされていたけれど、雲の守護者が最後まで疑い続けていた、その答えだった。
雲雀が彼女へと足を進めると、表情のなかった美しい顔が眉を寄せた。罅が走る陶器のような頬に触れる。見た目に反して滑らかな頬は凍るほどの冷たさだ。それはまるで、死人のような。
そう思った直後、肌を滑る指先から黒炎が上がる。瞬く間に腕を呑み込むと、炎を通じて凍えそうな程の怨みと憎しみが流れ込む。
「恐怖を軸にした人体発火か」
ーー黒い炎は深い絶望と恐怖を表す、希望を奪う悪き炎。
今になって散々集めた伝承が過ぎる。彼女が死の間際に覚えた感情と同じものを抱いた瞬間、芽を出す一種の精神汚染だ。幻覚よりもなお古い呪い。
「なら、君の炎で僕は燃えない」
「ボンゴレは、みんな、きらい……」
「君に会いたくてずっと探していたんだ」
20221202
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