短編 | ナノ

モルガン成り代わり pro.03




 
 汎人類史から見れば、既に一つ目の枝分かれを迎えていることを少女の記憶を持つモルガンは知っている。同時に、知っていたところで既に何の役にも立たないことも。
 アーサーの誕生と共にウーサー王により城を追い出されたモルガンは、オークニーへは向かわずにその日のうちにティンタジェルを落とし、女王として旗揚げをしている。
 命令に背いたモルガンの行動はすぐにウーサー王へと伝わった。まさか、父であり王であるウーサーの命に叛くと思わなかったのだろう。モルガンの下には直ぐに使者と兵士が向けられた。
 経緯はどうあれ、モルガンはブリテンを束ねる正当な王であるウーサーの血を引く後継者だ。姫君であれど、一定の支持はある。それ故ウーサーは何があってもモルガンのことを無視できない。なにせ、人の肉体に妖精と古き女神の因子を宿し産まれた、ブリテン島の落とし仔である。
 モルガンもまた、ウーサーにとって重要な駒であった。
 主人として自らが治める城を手にしたモルガンは、蛮族からの襲撃に父王からの横槍と、終わりのない会戦その全てを羽虫を払うが如く散らした。
 華奢な肉体は紛れもなく姫君のもので剣も握れぬモルガンであれど、こと魔術においては神域の天才だ。
 姫君と舐めてかかる悪漢も、道楽と嘲る貴族も、攻め込んできた兵も。なべて沈めて虜にし、モルガンこそが次の島の主人であり最後の神秘を守る存在であることを見せつけた。
 けれども配偶者である王のいないモルガンは、決して女王と認められることはなかった。
 運命に逆らい動乱に身を投じた少女に転機が訪れたのは、それから五年後のことであった。
 ウーサー王がヴォーティガーンに敗れたのだ。マーリンが宣言した後継者の存在によって、モルガンは正式に一人の王としての座を手にした。
 それからすぐ、堅牢なティンタジェル城を手に入れようと衝突を繰り返していた周囲の王は、途端に手のひらを返したようにモルガンへと擦り寄った。
 男を惑わす残忍で淫蕩な魔女の名は、麗しき戦いの乙女、負け知らずの女王へと変化した。
 ただ、それまでの過程で魔女モルガンとしてすでに島中に名を馳せている彼女を相手に、もう貴婦人として接する男は既にいない。
 ……いなかったのだが、
「ウーサー王の末息子、アーサーだ。モルガン、キミの弟にあたる」
 「お会いしたかったです、姉上」
 そう言って恭しく頭を垂れてモルガンの手を取る青年を見下ろす。武骨な装備ながら整った顔のせいでやけに煌びやかな男の背後には、見慣れた白い魔術師の姿があった。
 ウーサー王が側近として抱えた魔術師が男性体のマーリンであることからアーサー王は妹だと思っていた。思い込んでいた。だが、実際モルガンの前に現れたのは正しくアーサーを名乗る青年である。
 王の名乗りを上げたアーサーが初めに会いに行ったのは、当時ウーサーから婚姻を理由に追われるようにして王都を追い出され、そのまま逃げ出し王として旗揚げをしたモルガンだった。
 海からの侵略者と戦うモルガンの軍に、アーサーとマーリンはいつの間にか紛れ込んでいた。そうしてモルガンと共に蛮族を退け、その手柄で以て、未来のアーサー王は剣客として堂々とモルガンのティンタジェル城に入城を果たした。
 ……ここを拠点にでもするつもりなのか?
 それはとても困ることだ。やっと諸侯の一人として認められたのに、隣にアーサーが居ては、モルガンはまた付属品に落とされてしまう。
 モルガンは訝しみながら、二人の男に労いの言葉をかけた。
「此度の働き、見事なものでした。押収した武具や物資は城の外に並べてます、好きなものを選ぶように。……その剣には、劣るでしょうが」
 モルガンの薄氷の目が青年の腰元へと滑る。アーサーが携えた選定の剣は、血より確かな王の証だ。
 たとえモルガンが正式に島の主人としての資格を持っていようとも、多くの民草が違うと認めたならば、途端に意味を失ってしまう。ウーサー王は、島の主たる王の証をすり替えたのだ。
 ……なるほど、それほどまでにモルガン(わたし)に島の未来を渡したくないのか、父王(ウーサー)は。
 ……そして、マーリンも。
 彼女はどこか他人事のようにそう思った。胸の奥でインクを一滴こぼしたように寂寥感が滲む。
「んん? 凄い勘違いをしてそうだから言っておくけど、君の領地を奪うために来たわけじゃなくて、本当にただの挨拶に来ただけだからね?」
「そうですか」
「おっとこれは信じてないな」
「マーリン、やっぱり突然来たのが失礼だったんじゃないか?」
「そうは言ってもだねアーサー。モルガンはこの通り気難しい女性だ。先触れなんて出したら兵を揃えて出迎えられて捕らえられてしまうよ、私が」
 それはそうだろうとモルガンは何も言わなかった。
 かつて、王として旗揚げをしたばかりのモルガンにウーサー王が尖兵として送り出したのがこの夢魔だったのだ。
「あまり好き勝手に歩かないこと。それが守れるのであれば、数日の滞在は許します。アーサー、他に望むものはありますか?」
 モルガンは冷たくそう告げると、面倒という表情を隠さずに一つ息を吐いた。その様子に、口を開きかけて止めたアーサーが不安そうに眉を下げる。
「……城はあげませんよ」
「城はいいです」
 いつかヴォーティガーンを降しモルガンも降し、人の世のままブリテンを終わらせる、血を分けた弟。島の滅びに抗うウーサー王が作り上げた、人のための王。古き島と神秘に寄り添う王であるモルガンとは対極の存在だ。
「城も武器も兵もいりません。代わりに、ともに背を預ける名誉を。隣立つ栄誉を。私に同盟の王としての立場を、コーンウォール公、モルガン女王に望みます」
 つまり、後ろ盾になってほしい。それも一番の。
 ウーサーから見放されたモルガンに、ウーサーからの期待を一身に受ける王子が。
「私にそれを望むのですか。お前が」
 モルガンの中で怒りが弾けるのを感じる。溢れる昏い魔力に姉の地雷を踏み抜いたことに気づいたアーサーは、それでもモルガンから目を逸らさない。
 マーリンは後ろで静かに見守っていた。引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、後は放ったらかし。慌てる下々を見て楽しんでいる。そんな自由な男がモルガンは羨ましくて、嫌いだった。


20220814

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