短編 | ナノ

モルガン成り代わり pro.02



 どこまでも澄んだ水の中を水銀にも似たきらめきがうねる。はるか頭上に広がる青い空は天高く、水面で屈折した陽光は薄青い水の中を柔らかく拡散し、水銀と見紛う白銀の絹髪を艶やかに煌めかせた。
 ぱしゃりと小さな水音を立たせてモルガンが水面に立つと、ささやくように柔らかな風が髪を揺らし耳をくすぐる。細やかに輝く飛沫を身に纏う姿は正しく湖の妖精であり、水に属するその身ゆえ、たとえ何尋の水であろうとも歩みを阻むことはなかった。
 歩みに合わせて広がる波紋と共に、濡れたドレスは乾き軽やかに風を孕んだ。普段は人を惑わし遊ぶ小さな妖精達も今は大人しく、少女の足下を仄かに照らしている。水底に住まう魔のモノも今は付き従うように追従した。
 島の加護を持ち次代の主人と島から認められるその身を傷つけるモノなど、今はまだモルガンの庭たる島には存在しなかった。
 けれど、彼女は知っている。彼らがいずれ、まだ見ぬ弟妹を王として認めモルガンを排斥することを。それが人の身を失い湖の妖精へと戻るまで続くことを。
 でも、彼らに罪はない。知性の無いそれらは、人々がそう望んだままの姿を写す鏡のようなものだった。神秘の薄れたこの世界では妖精にもなれない魔物達。水や風とたわむれ、地を覆う草花を慈しみ、幻想を留めることを選んだ彼女をモルガンは良しとした。そこに路傍の石を憎む感情は不要である。
 それでも結末を憂い翳を帯びた眼差しを薄色のベールで隠すと、モルガンは水中の魔を避けるように水面を蹴り、陸地へと降り立った。

 水から上がると、薄白くかすみがかった夜明けの色をした男がモルガンを見下ろしていた。暗がりにいてもきらきらと輝く瞳は宝石のようで美しいが、温度のない光はどこまでも無機質だ。それは自己申告の通り、獲物をじっと眺める昆虫にもどこか似ていた。
「水浴びは楽しいかい? モルガン」
 柔らかな声。花のかんばせ。夢のように美しい姿に、よくぞここまで表面を上手く整えたと感嘆する。そのまま素通りした視線に大袈裟に肩をすくめた男が鬱陶しくて「宮殿に閉じこもるよりは余程」と言葉を投げた。薄く口角を上げうんうんと頷き隣に並ぶ男に寒気が走る。
「次からは私か、せめて侍女には伝えてから出るといい。水の人形を残していくにしてもね」
「次からは気をつけます」
 そのままぺらぺらとモルガンが抜け出した間のことを語る男の声を聞きながら、モルガンは小さくため息を吐いた。草原に吹く気まぐれな風のような男は父となったウーサー王によって召集された宮廷魔術師であり、今のモルガンにとっては魔導の師だ。見目の良い貌はモルガンの好むところでもある。
 けれど、と隣の男を見上げる。遠くない未来に、モルガンはこの男が仕掛けた最高傑作の物語に巻き込まれ、主役を飾るための装置として終えていく。人々が画策し作り上げた、人の王を祀り上げる、人のための物語。それに相応しい魔女として。そこにモルガンの役割や意思は関係ない。モルガンはこれから島の真の主人であるという自負と共にブリテンへの執着を強めていく。イグレインが懐妊するまではモルガンはまだ正式な後継者だ。人理に拒まれブリテンの王とはなれずとも、ウーサー王の次に島の主人として選ばれたのだから。
 そして、そう在れと育てるため人の心を理解しない魔性の精神で、マーリンはモルガンを導いている最中である。世界有数のキングメイカーとして、魔術師マーリンとして。
「城に戻ってきたところだけど、晩餐までまだ時間があるね。少し散歩をしようか。君が宿す力の、課外授業をしよう」
「はい、マーリン」
 ただ一つ誤算があるとすれば、このモルガンがそのブリテンの結末を知っているということだ。



20220627

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