短編 | ナノ

モルガン成り代わり pro.01





 銀の縁に色とりどりの宝石がはめ込まれている、豪奢な装飾が施された姿見は彼女の全身を写しても余りある。その曇り一つ見当たらないほど磨き上げられた鏡面に浮かぶ少女は、彼女の目から見てため息がこぼれるほどの美貌だ。
 整えられた髪は絹よりも滑らかに垂れ、天にこぼれた銀砂や真珠のように輝いている。青氷の瞳は長くけぶる睫毛に縁取られ、湖の底で凍る宝玉のようだ。大人びた、黒を基調とした青いドレスと冴え冴えとした光を湛える眼差しが少女に冷たい印象を与えるが、それがいっそう、深更の闇に差す月明かりや、人を惑わす湖の妖精を思わせた。
 少女の睫毛が震え、薄紅に色づいた唇が柔らかく弧を描く。可憐と言うにはあまりにも艶やかで、凄みがあった。
 鏡の少女が嫣然と微笑えば彼女も微笑んでいる。自分の貌なのだから当然だが、少女は彼女が見てきた中で、一番美しい。などと他人事のように彼女はそう思った。鏡を見遣る彼女の目はガラスケースの宝石の輝きを確認するかのようで、どこか無機質だ。
 事実、彼女にとっては鏡の少女は自身であると同時によく知る他人でもあった。
 彼女は少女の人生を知っている。それは実体験としてのものではなく、閲覧した記録のようなものではあるが。けれど、それとも異なり少女ではない彼女の、彼女自身としての記憶も保持していた。
「姫様」
「入れ」
 扉の外にいる従者へと短く命ずる。発した声も清涼な川の水のように澄んだ響きだが、大人へと変わりつつある甘さも含まれている。
 鏡の中の少女が一つ瞬く。動くたびに髪を結えたリボンがしゃらりと揺れた。
 見慣れた貌。自分の、という以上に彼女はその貌をよく知っている。まだ彼女が少女となる前に恋をしていた貌だ。
 星を宿す銀の髪に薄氷の目。次々と現れたよく似た顔の中でも一等怜悧な美貌を持つ、彼女がよく知るその貌の名こそ
「モルガン姫、イグレイン妃殿下がお探しです」
「すぐに行く」
 モルガン・ル・フェ。他にも姉妹はいるはずだったが、この少女にはいない。全ての役割が少女のもので、たった一人背負わされた。彼女こそ、後に妖妃モルガンとしてアーサー王、アルトリア・ペンドラゴン最大の敵となる、偉大なるブリテン島の魔女であった。

 彼女が少女になったのか、少女が彼女の情報を受信したのか、今となってはわからない。けれど彼女は少女として、星の触覚(ヴィヴィアン)として、ブリテン島の後継者(王女モルガン)として、モルガンの自我なくウーサー王の下に迎え入れられた。



20220504

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