刀剣女士・山姥切国広 壱
遠くから絶えず聞こえる剣戟が辺り一帯が戦さ場であることを示している。もとより刀剣男士が行ける過去は全て戦場であるのだから、当然のことではある。
刀を支えにして、鋼のように重い身体を引き摺り歩く。まだ手にした支えが自身である意識が薄いため、時折体勢を崩して石を突いてはそこかしこに切り傷を生んでいた。
状態は最悪だ。身体中が浴びた血と脂でどろどろで、服は所々火で煤けて破れている。纏う襤褸布さえ以前までのものがまだ白かったと錯覚するほどに、血と泥を吸い変色個体を思わせるほどに黒ずんでいる。
一足踏み込むごとに身体が軋み、悲鳴を上げる。爛れた肉と血が混ざったような饐えた腐臭を落とすべく、本来なら忌避すべき水気を探り、厭う本能に逆らって足を動かしていると、やがて静かな水音が耳に聴こえてきた。
池、ではなく堀だ。人工的に整えられたそれは五稜郭に類似している。となれば、ここは一面の維新の記憶の中でも初めに出陣する函館か。
受肉の際に得た、本霊に蓄積された知識とは分かっていても、あまりにも現実味のある記憶に生じたばかりの自我の境界が揺らいだ。込み上げるものを抑えながら血濡れた手を濯ぎ、顔と砂まみれの口をゆすぐ。
覗き込むと異人のような翠色をした目が見えた。揺れる水面に映る幽鬼のような様相。これでは敵と見紛い討たれても仕方がないと中に宿す意識が息を吐く。
ヒトもモノも気配はない。ただシステムのように剣戟と叫び声が流れていた。
×××
あらかた身なりを整えた頃にはすっかり日が暮れていた。
薄汚れた襤褸は池の臭いと生乾き特有の悪臭を放つが、鉄臭さを隠し草木に潜むには汚れているくらいがちょうどよい。最序盤の函館であれば敵も弱く、時代背景を鑑みてもまだ帯刀を見咎められることはそうない。隠れ続けるにしてもそれなりに文明もあり、市中に溶け込みやすいだろう。もしくは
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「ぁ
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、
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、ぃ
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」
突如聞こえた物音に息を殺し、生い茂る草の中へと身を潜める。敵部隊は索敵の高い短刀と脇差で編成されており、いくら相手の練度が低くとも今の状態で油断はできなかった。
顕現された刀剣は、審神者からの手入れがなければ擦り傷一つ修復しない。
人間や生き物とは違い刀剣男士は自己回復力が備わらなかった。真正の神であれば信仰や霊力などで傷ついた霊体を治癒できるが、付喪神は違う。認識を変え神の末席に召し上げられようとも、結局は器物であることに縛られている。
彼女が覗き見たその先で視えた数字は一。低すぎる練度は初出陣(チュートリアル)を示している。
けれど、負け戦にしては様子が異なっていた。
蒼炎揺らめく禍々しい姿はここにはいない筈の中立者のものだ。
だから彼女は、思わず飛び出していた。
「手を貸そう」
「お前、は」
鏡写しの姿が驚愕に目を瞠る。
己と同じ貌の、どう見ても女であったからだ。
20230922
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