沢田家長女 小話5
◇
「……雲雀さんて、好みのタイプとかあるんですか?」
偶然廊下で会った綱吉からおもむろにそう問われて、雲雀は目を瞬いた。
「聞いてどうするの」
「えっ……いや、特には……」
返された正論に、気不味そうに頬を掻いた綱吉はもごもごと口を動かす。
名前のどこが好きなのか、遠回しに探りたかったのだ。かと言って直球で「姉のどこに惚れたのか」なんて聞けるわけがない。懐に入れた相手には意外と親切で面倒見が良い雲雀はおそらく答えてくれるだろうが、雲雀にだけ見せる姉の姿を、綱吉が聞きたくなかったのだ。シスコンの自覚は大いにあった。
「まあ、いいけど。……特にないよ」
「えっ」
逡巡するまでもなく雲雀が即答する。強い人とはぐらかされるのを予想していた綱吉は、端正な少年の顔を見上げた。
「人の美醜はよくわからないから……何驚いてるの。君が聞いてきたんだろ」
「そうですけど、強い人って言われるかと思ったんで、つい」
「……そんな当たり前のことが聞きたかったの?」
わざわざ口に出さずとも分かるだろうと、雲雀は呆れたように見下ろす。本心を言うのなら、当然強いヒトである。強くて楽しめそうな相手ならなお良い。とは言え、そんなことを聞かれているのではないことくらい雲雀もわかっていた。
「好きなタイプって言うから、女の趣味かと思ったんだけど」
「おっ……! ハ、ハイ。あってます……」
女の趣味。改めてはっきり言葉にされた時の字面の悪さに綱吉の全身から汗が滲んだ。
なおも口籠る綱吉に、微かな苛立ちを覚えた雲雀はどこからともなくトンファーを取り出す。空気の音と共に銀色の輝きが露わになる。
「はっきり言いなよ。咬み殺すよ」
「ヒィっ! 姉さんのどこを好きになったのか気になったんです!」
「ああ、そっちか」
つい、と雲雀が視線を滑らせる。
西日が差し、茜色に染まった校舎は郷愁を誘う。
橙と紫が混ざる空の色は柔らかな蜜色を想起させ、雲雀は唇を薄く吊り上げた。
満開の花に染まる朝日を束ねた髪。花火を写した星降る瞳。そして、夜の炎(ドレス)を纏った昏く美しい姿。
「あら、一緒にいるの珍しいわね」
「沢田」「姉さん」
重なった声に、少女は思わずといったように笑みをこぼした。柔和な黄金は夕焼けを弾いてきらきらと煌めいて見える。
「何を話してたの?」
「特に何も」
「ふぅん?」
「ほっ、本当だよ! 姉さん」
「……そろそろ下校時刻だ、早く帰りなよ」
雲雀が踵を返す。
「またね、雲雀君」
「じゃあね。……ああそうだ、沢田綱吉」
「っはいぃ!」
「ーー秘密。これが答え」
背を向けたまま雲雀が短く告げる。
人の美醜には欠片の興味もない。それは真実だ。
そもそも、雲雀にとっての基準は強いか弱いかだけである。顔の造形や姿形は名前と同じ、個体を識別するための符号でしかない。つまり雲雀にとって好きか嫌いかを判断する材料にはなり得ない。
けれど雲雀が殊の外気に入っているその色はきっと、口に含んだらさぞかし甘いのだろうとは、思っている。
そんなことは、自分だけが知っていればいいのだけれど。
20240603
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