短編 | ナノ

沢田家長女 70


Bad END1 / Lost flame - farthest dawn



 彼方を目指して、男はずっと夜の中を歩いていた。
 時間軸から外れ、進む先が未来(そと)なのか過去(なか)なのか曖昧になるほど、遠く永く。
 あまりにも長い旅路の間に肉体は滅び、魂は摩耗している。もはや己が人であったのかすら忘失していた。
 それでもなお彼方にある果てを目指したのは、その精神(こころ)が折れていなかったからだ。
 ーー果てで待たせている人がいる。
 だから、歩き続けた。
 約束が果たされるまで男に自由はなく、立ち止まることすら許さない。けれど男にとってその旅は決して、解放されるために終わりを目指すモノではなかった。
 捧げた祈り(ねがい)は今も刻まれている。
 目指す灯火(ほし)は彼方で輝いている。
 男にとって、理由はそれで十分だった。
 だから、歩き続ける。
 同じ果てではあれど、楽園とは程遠い約束の場所。その最下層を目指して。

 そうして歩き続けた男はついに、その場所へと辿り着いた。
 ソラすら見えぬ闇の天蓋。咲き誇るのは月光に輝く青い花ではなく、生じた■■で燃える炎の花。
 炎は決して絶えることなく、凡ゆる総てを燃やし尽くす最果ての地獄がそこに広がっていた。知性も理性も獣性も、理すらも焼却される廃棄場。
 その中心で一際昏く輝いているのは、暗闇よりもなお昏く、星のない夜の底における唯一のひとつ星。黒い極光の如き炎こそがこの空間の心臓(エンジン)であり、システムの炉心である。
 男はそれに、導かれるようにして近付いた。
 一歩近づくごとに失ったカタチが取り戻されて行く。
 すり減り失った魂が。
 滅び剥がれ落ちた肉体が。
 抱えきれず忘却(おと)した記憶が。
 男を構成していたあらゆる全てが再構築されていく。
「幾千の長き夜は明け、君はようやく解放(おこ)される。ーー雲雀(ぼく)が、来たのだから」
 男が黒い炎へと触れる。すると、途端に焔はヒトの姿を模った。それはかつてと同じ、変わらぬまま美しい少女の姿。
 ふるりと少女のまつ毛が震える。ゆっくりと露わになる黄金に、男は唇を落とした。かすかにこぼれた吐息のくすぐったさに口元がゆるむ。
「ひばり、くん……?」
「君に、夜明けを。ーー迎えにきたよ、沢田」
 少女が驚きに目を見開く。それを柔らかな木漏れ日のような眼差しで見下ろして、男はそう囁いた。


*Bad END1 / Lost flame
月下美人(ナイトクイーン)
 属性:混沌・善・地
 沢田名前の肉体を用いた特殊な修羅開匣にしてその完成系。非生物、神話等の概念を付与した人型生体匣装。
 白蘭とは共犯者であり友人のような関係。その目的(ユメ)が何であるか、辿る旅路での犠牲や手段、その全てを理解した上で協力していた。
 本人にそのつもりはなくとも、兵器としながら道具として扱いきらなかったことが終盤における失敗に繋がる。
 スキル:ハイ・サーヴァントA。複数の神話エッセンスが添加された証。彼女はワルキューレ、ニュクスの要素を持つ。

雲雀恭弥(?)
 10 years later / Lost flame
 属性:混沌・狂・地
 生きていると確信していたから、彼もまた走り続けることを選んだ。
 トゥリニセッテの欠片と融合した彼はもはや人間ではない。その魂と精神は果て(そと)へと至った彼女同様に、星を回す運営(システム)として組み込まれている。
 これにより雲のボンゴレリングはトゥリニセッテの一角としての機能を消失した。
 彼がいる限り彼女は存在し(燃え)続け、彼女が燃える限り彼の命もまた消えることはない。

沢田名前
 10 years later / Lost flame
 属性:中立・善
 母方の禅城の特性が発揮された結果、特に色濃くボンゴレの血統ーーその源流に近い血を継いで生まれた。
 複数に分けられた少女が再び縫合されても生き続けていたのは、彼女に流れる■の■■によるもの。そもそも普通の人間は殺されたら死んでいる。
 それでも生き続けていた彼女が本当の意味で蘇生されたのは、雲雀に死ぬ気の炎(生命エネルギー)を注入された時。

雲雀恭弥
 属性:秩序・中庸
 今を生きる人間であるため、副属性はない。

白蘭
 属性:秩序・善・人
 臓硯枠。この世界の白蘭は、生まれた時から過去に戻った時の彼に近かった。おそらくはどのパラレルワールドの中でも一番繊細な個体。記憶を得た結果、世界の醜さをどの白蘭よりも憎悪した。他の彼は別に介錯とか考えてないし、そこに心は動かない。
 趣味は音楽なり機械なり、かつては色々あった。が、今は食道楽しか残っていない。その理由も、人とは食事を楽しむものだから。だからそのように振る舞っているが、彼のそれは食事というより補給に近い。
 本来であれば、この白蘭は並行世界の白蘭により世界線の跳躍をさせられ、自我を忘失することとなる。今回は彼女という護りがあったためそれは防がれたが、数多の並行世界の記憶を共有したことにより彼個人としての自我は薄れつつある。その記憶が今の自分のものなのか、並行世界の白蘭(じぶん)のものなのか、彼にはもう区別が付かない。
 そうして彼は救われたいと願ったまま、救われることを諦めた救世主の成り損ないとなったのだ。

 ×××

「もしこの世にカミサマがいるのなら、白蘭(ぼく)の行いは必ず誰かに止められるだろう。神に近付く人間は、罰せられなければならないのだから」
 それは、白蘭と彼の最初で最後の会合の際、突然言われた言葉だった。
「それでも、僕が止められなかったのなら、カミサマがいないのなら。その時こそ僕はーー」
 静かに囁く声は言い訳にしてはあまりにも切実に響き、柔和な微笑みは全てを受け入れる敬虔な表情に見えた。こんな男でも神など信じているのかと彼は不思議に思う。同時に、なんて傲慢なのだろうとも思った。
「勘違いも甚だしいな」
 彼は傲然と白蘭を見上げ、冷ややかに言い放つ。瞬きの後に撃ち殺されたとしても、これだけは伝えなければと彼の琥珀の瞳が輝いた。
「お前は必ず止まる。けれどそれは神に与えられる罰ではない。人々の意思に、明日を夢見る希望に、お前が不要と断じたモノに倒されるんだ」
「それはーー」
 白蘭は目を一度しばたくと、悪魔のように美しく微笑んだ。
「ーーそれはとても、たのしみだね」
 かつての彼は、それを挑発と受け取った。叛逆する彼らへの挑戦で、必ず勝つという自信の表れだと憤りを感じた。
 けれど、今なら分かる。その真意はきっと、誰かに止めて欲しかったと、虚空へ伸ばしかけた希望(いのり)だったのだろう。
 彼は目覚めた棺の中、どこまでも遠く澄んだ青空を仰ぎながら、そう思った。

トゥリニセッテ
 属性:?・?・星
 それは究極権力の鍵(トゥリニセッテ)と夜の炎が揃った時、天より顕現する。彼方で回り続ける歯車。人類の未来を唄う鍵盤であり、運命を紡ぐ糸車とも。 或いは、最果てに放棄された処理艦にして焼却棄艦。名すら与えられなかったそれは、分解し資源として再分配された残り屑、本当に不要なものを処理するための焼却炉。筐だけの真体に魂や精神(じんかく)はなく、けれども神代の終わりにただ一機(ひとり)取り遺されたままそれは稼働し続け、今やこの惑星と繋がる孔へと至った。
 虚ろに灯された、精神(じんかく)の名はーー。


20240203

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