沢田家長女 68
×××
ーー焼却棄艦七天機構(トゥリニセッテ)起動。
ーーコード:テオス・クリロノミア、再認証。特権領域へ接続。
ーー人型炎基配列再編纂(フィアンマシークエンス・リエディット)を開始。
ーー中枢制御基幹を自律偽神筐装から七天制御筐装へ転換。
ーー全工程、完了(クリア)。真体融合を開始します。
空に墨をこぼしたように、黒い華が咲いた。
少女の肉体を薪として、分解と変換が始まったのだ。その過程は花が咲き散りゆく姿にも似ていた。
合わせるように、遠くから爆発音が聞こえてくる。時間稼ぎを引き受けた綱吉達が白蘭と交戦しているのだろう。
彼女は後ろで静かに見守る男に、振り向かないまま囁いた。
「あなたは、反対するかと思った」
「賛成したつもりはないよ」
「何も言わなかったじゃない」
「腹立たしいが、これが現状の最善なのは理解してるよ。腹立たしいけどね」
「……」
「それに言っても止まらないだろ」
「もしかしたら、ユニを差し出したかも」
「無理に悪ぶらなくていい。君が縋って脅して言う事聞いてくれるなら、僕はここまで苦労しなかったのだから」
「……ねぇ待って。私、そこまで頑固じゃな……い……」
名前は思わず振り向いた。途端に、黒い炎幕を隔てて黄金と鈍色がかち合う。真っ直ぐに突き刺さる視線はまるで、彼女の晴れ姿を網膜に焼き付けるようで、その熱は離れていても見て取れた。
「あぁ、やっとこっちを見たね」
「ーー、」
「最後に一つ……僕のことは、好きだった?」
名前の意識が僅かに逸れる。思い出すのは二年と少しの、三年には満たない歳月。眠っていた時間の方が長い彼女にとっては、まだ少し前の思い出だ。
雲雀のことは友人として信頼していたし、その背中に憧憬も抱いていた。そこに焦がれるような熱はなくとも、ずっと穏やかな陽だまりのような安らぎの中にいたことを、名前は覚えている。
けれど、あの頃異性として好きだったのか、答えは今も出ない。
黙り込んだ名前を見て、雲雀はそれでいいと思った。あの頃のまま一つも変わらないでいることに、うっそりと微笑む。
……種は、蒔いた。
「僕は今でも君が好きだ。この先もずっと、それは変わらない」
「……うん」
「だからまた、君を目指(さが)すよ」
「だめ……それは、いけないわ」
「どれだけ遠くに在ろうとも。僕は君を迎えに行く。必ず夜明けを届けると誓う。だから……待ってると言ってほしい」
ーーただ一言、待ってると。
黒い炎に包まれた身体は掻き消えるようにして消失していくが、その黄金の瞳だけは夜空に瞬く星のように輝いている。
雲雀はそれを祈るように見上げた。
約束が欲しかった。いつか全てを失くした時、雲雀が歩き続けるための灯火として。
二人が見つめ合ったまま、最後の炎の花弁が落ちる。
少女の身体がこの世在らざる果てへと永遠に消える直前。
「ーー早く、迎えに来てね」
仕方がないとでも言うように、困ったような微笑みを浮かべ、少女は男に囁いた。
「……やっぱり、沢田は頑固だよ」
戦いは終わった。
遠くから視認できた白蘭の姿も炎が解け、消失している。
消えた彼女の影法師を見るように空を見上げていた雲雀はふいに、ボンゴレ達と共に足止めをしていた過去の雲雀(じぶん)がいるであろう方角を見遣った。
「まかせたよ」
ーー僕が間に合わなかった、あの日のあの子を。
20240201
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