短編 | ナノ

沢田家長女 69


数年後、未来の少し前。雲雀さんの発作。
 ◆

「ぐっ……」
 まだ満足しないのかと、彼女は内心舌を打った。
 既に互いに血塗れで、身体中切り傷と痣だらけだ。武器も数本ダメにしている。手が痺れる久しぶりの感覚に、冷や汗が伝う。
 思えば、初めから様子はおかしかったのだ。仕事の時でさえ見せない気迫と打ち合う度に鋭さを増す殺気は、いつもの手合わせが戯れに思えるほどだった。
「はぁっ……はぁ、っ……!」
「もう終わり? 早く立ちなよ」
 あららぐ息を必死に整える彼女へ、血に濡れながら嫣然と微笑う雲雀は機嫌良く近付く。呼吸は常より乱れているが、それでもまだ余裕を滲ませている。
「むり」
 両手を上げて降参を示す彼女に、雲雀はどこか残念そうに「そう」と短く返す。よかった、これで終わると安堵した直後、男は彼女が掲げた両手を掴み、床へと押し倒した。
「っ!? ちょっと……!」
「ふぅん、スタミナ切れは本当みたいだね」
 抵抗したくとも、そのための体力がない。今彼女に馬乗りになっている男に付き合って全て搾り取られた後だ。
 じっとりと見下ろす鈍色の目に、じわじわと危機感が募る。様子が変わったニュクスに気付いた雲雀は、切れて血が滲む唇をぺろりと舐めた。その色気にあてられて、ぞくりと背中が震える。
「ま、まって」
 思わず上げた声は自分でも驚くほど弱々しく震えている。静止を求める嘆願に、熱を帯びた目はいっそうぎらぎらとした昂りを増した。
「そのまま大人しくしていなよ。……もし噛んだら、殺すから」
「ん゛ー!?」
 低く囁いた雲雀は、彼女の顎を掴み動けぬよう固定させると、乾いた血がこびりついた唇へと噛みついた。冷たい唇がぬるりとした感覚を拾う。悪寒か興奮か、ぞくりと背筋が粟立った。顔を仰かされて開いた口へと雲雀の舌が入り込むと、口内を蹂躙する大きな舌が歯列をなぞり、粘膜をくすぐり、的確に彼女の中の官能を引き出していく。まるで、別の生き物のようだった。
「ふ……っ、ん」
「ん、……ンんぅ……は、ぁっ、」
 鼻にかかる甘えたような女の声が遠く聞こえる。かすかに立つ、くぐもったような水音がやけに大きく聞こえた。
 角度を変えるたびに隙間からもれる吐息が熱い。全身の血が沸騰したかのように身体は火照り、腹に燻る甘い疼きは大きくなる。
 慣れてはいないが、生娘ほどの初でもないのだ。成人した暗殺者が踏むような経験は、それなりにある。それでも、この男にも性欲はあるのかと、ニュクスはどこか他人事のようにそう思った。
 振り払う体力がない。そう言い訳をしながら、実際は受け入れる理由を探していることに、彼女は気付かない。

 飲み込み切れなかった唾液が流れ、首筋へと垂れていく。
 どれくらいそうしていたのだろう。食べられてしまうと錯覚するような口付けは、唇をぬるぬると擦り合わせる甘く優しいものへと変わっていた。
 彼女の両手首を片手でひとまとめにしていた大きな枷も外れ、いつの間にか指先が触れ合い、顎を押さえていた手も支えるように頬に添えられている。
 男はようやく満足したのか、ニュクスの上から熱が離れていった。二人の間を繋ぐ銀の糸がぷつりと途切れる。
「ぁ……ふ、」
 吸われ過ぎた舌が痺れる。胸を大きく上下させる彼女を見下ろした雲雀が、唾液で汚れた口元を乱雑に拭った。その呼吸は、互いの得物を交えていた時よりも乱れていた。
「っ……ねぇ、これで立てるでしょ」
 雲雀に腕を引かれて、すんなりと彼女も半身を起こす。馬乗りになったままの男と再び近づいた顔に困惑が浮かぶ。
 しばらくは動けないと思っていた身体は、全身の傷の痛みは変わらずとも、やけに軽かった。
「なん、で……?」
「感応能力。自分の生命力を分けて与えられる。……他人に使ったのは初めてだったが、上手くいったみたいだね」
 分けたおかげで、昂っていた熱は落ち着いたのだろう。
 聞けば、あまりにも強い生命エネルギー故、時折発作のように昂ることがあるのだと言う。圧倒的な波動は生き物としての作りが違うからという彼の言い分は、あながち間違いではないようだった。
 随分と難儀な身体だと、彼女は自分のことは棚に上げてそう思った。
「……言っておくけど、こんな事誰彼構わずしない。そもそも、話したのも君が最初だから」
 言外にお前だからだと告げた男の耳は、わずかに赤く色付いていた。
「それで、どうする?」
「……?」
「続き。戦闘続行(このまま)するか……それとも、部屋に行くか」
 雲雀が彼女の隊服の上からその線を指でなぞる。触れるだけでこぼれる熱い吐息を噛み殺して震える身体に、男はくすりと笑う。強すぎる雲雀の生命力は、毒に等しいのだ。
 男は誘うように彼女の髪を一房すくい取ると、恭しく唇を落とした。
「君に、選ばせてあげる」
「ぁ……」
 どちらを選んだのか、彼女には記憶がなかった。





20240201

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