短編 | ナノ

沢田家長女 66


その後
 ◇

 鳴らされたインターホンに綱吉が玄関を開けると、そこには見知った少女がいた。小さなスーツケースに乗せられたスクールバッグは、綱吉も持っている指定のものだ。
 思わずぽかんと口を開いたまま固まる綱吉に、少女はぺこりと日本式のお辞儀をする。
「並盛中学に転入することになりました。しばらくお世話になります」
「え、ええー!?!?」
 その驚愕をどう受け取ったのか、少女は至極真面目に、簡潔に経緯を話した。どうやら、イタリアのスクールには通っていなかったらしい。ディーノ達も通ったというマフィア関係者が通うそこだからこそ、血筋が知られたらまずいという判断がされたようだ。
「あと、義務教育は受けろと、ザンザスが」
「すげーまともなこと言って送り出してるー!?」
 玄関先での喧騒を聞きつけた奈々が「お友達?」と顔を出した。穏やかな顔は一瞬強張り、驚きと微かな期待に染まる。
 胸の奥が重みを増す感覚に、ニュクスは視線を下げ僅かに俯いた。忘れてくれていた方が良かったのだ。
「名前、ちゃん?」
「……はじめまして。イタリアからのホームステイで来ました、ニュクスです」
「ぁ、そう、よね。やだ私ったら……知ってる子と似てたから勘違いしちゃったわ。ごめんなさいね、ニュクスちゃん」
「いえ……綱吉君の、お母様」
 何と言葉を続けるか、探りながらの会話が続く。
「もし、よければなんだけど……ママって呼んでくれないかしら」
「ママ、ですか」
「ええ。ニュクスちゃんには、そう呼ばれたいわ。あぁ……でも、本当のお母さんに悪いわよね、」
「いえ! あの、ニュクス(わたし)には、母はいないので、」
 少女は躊躇うように口ごもる。逡巡するような仕草の後、桜色の唇が、小さく開かれた。
「……ママ?」

 ×××

「君には風紀委員会に入ってもらおうか」
「風紀?」
「えっ!?」
「沢田綱吉、文句でもあるの?」
「いっ、いえ……」
「帰宅部を希望しているのですが」
「並中には帰宅部なんて活動ないよ。……なに、難しいことはない。見回りして群れてる奴らと不審者を咬み殺すだけだよ」
 簡単だろうと、雲雀が続ける。
「まぁ、それだけならいいけれど」
「そうだ、ヴァリアー(あっち)で書類は?」
「幹部扱いだったから、一通りは」
「なら追々手伝ってもらいたいな」
「ヴァリアーも書類書くんだ……」
「うちからの書類、ボスになったら苦労するわよ、沢田綱吉」
「えっ」


数年後
 ◇

「また来たの? 十代目ファミリーは暇なのかしら」
 ヴァリアーが居を構える城から出てきたニュクスが、訪ねてきた男へと口を開いた。
 寝起きか自室で寛いでいたのだろう、緩く束ねた髪が肩に垂れ、ゆったりとした白いワンピースの裾が風に揺れる。
「君、今日は一日空いてるんだろ」
 雲雀の言葉に、用向きを察する。時々ふらりと現れては、道場破りのように手合わせを申し込んで来るのだ。最恐と名高い守護者との模擬戦闘はある意味訓練にもなるため、怪訝な顔はしつつもヴァリアーでは門前払いすることはない。そもそも、彼はニュクスへの再戦で来ているのだ。我が身に降りかからない火の粉は、ヴァリアーでは見て見ぬ振りが鉄則である。
「悪いけど、任務明けで疲れてるの。戦いたいなら同じ非番だからスクアーロでもーー」
「今日は手合わせ(そっち)じゃないよ。食事がしたい」
「私、お坊ちゃんの舌を満足させられるものは作れないわよ?」
「君の手作りも魅力的だけど、朝食(デート)に誘ってるんだけど」
「……応接間にいて。ここじゃ目立つわ」

 ×××

「あなたでも、こういう店に入るのね」
「僕のこと何だと思ってるの」
「和食しか食べないのかと思ってた」
「ここイタリアだよ」
 雲雀が店に入ったのは偶然だった。
 腹を空かしたままでも支障はないが、効率は落ちる。だから適当に目についた、あまり人のいない静かな店を選んだ。
 出てきたのはひっそりと佇む外観と同じ、価格相当の洋食。そもそも日本食を好む雲雀にとっては、それ以外は好きでもなければ嫌いでもない、ただ腹を満たすだけのものだ。蕎麦粉の文字が見えたから入った、ただそれだけ。
 けれど、出てきた料理を黙々と咀嚼しながら思い浮かんだのは、鮮やかな朝焼けの女だった。和食より洋食。緑茶より紅茶。雲雀と嗜好は真逆なのだ。ならば、こういう料理もきっと、好きだろう。
 普段なら選ばないテラス席。葉を通して拡散する、朝の柔らかな陽光が美しい顔をいっそう輝かせる。
「……美味しい」
「そう。よかった」
 未来で見た穏やかな微笑には、あともう少しかかりそうだった。


*IF VARIA
 完全なIF。しかしザンザス√でもない。
 十年前のあの日。ボンゴレの決定に意見したザンザスを、九代目が受け入れていたら分岐していた世界。
 
ニュクス
 ヴァリアーに入隊するにあたり、ザンザス直々に夜の女神(ニュクス)の名前(コード)を与えられた。命名時のザンザスは十四歳。
 兄貴分の祈りの通り、音すら消える雪深い真冬の夜の如き、立派な暗殺者に育った。
 本編と比べるとかなりの顰めっ面で陰気な少女。顔にシワが出来るとルッスーリアからよく注意されている。隊服新調の際、着せ替え人形にさせられていた。
 年齢的には末っ子の筈だが、ヴァリアーのお姉ちゃん枠。寄るなオーラは凄まじいがコミュニケーションは比較的取りやすい。
 雲の守護者のことは戦(闘)フレ(ンズ)だと思ってるが、何かと一緒に遊び過ぎて愛人だと思われている。


20240126

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