短編 | ナノ

沢田家長女 65


未来編
 ◇

「ところでキョーヤ、ニュクスには会ったか?」
「……彼女も来てるの?」
「スクアーロとは別ルートでな。万が一奇襲を受けても二手に別れていれば相手の戦力も分散される。どちらかでも確実に日本に着ければいいと……本部はそう考えたらしい」
 それまで飄々としていたディーノの言葉尻に、苦いものが混ざる。綱吉の兄弟子として、彼の実姉であり、幼くして殺し屋の道に進まざるを得なかった不幸な少女のことは、ずっと気掛かりだったのだ。
 たとえ彼女自身が選び納得した道でも、その道へ進むしかなかったのであれば、選んだとは言い難い。選択の日、引き返す自由は残されていたディーノは、そう思う。
「ふぅん。それで、彼女今どこ?」
「まだ食堂でメシ食ってるはずだぜ。終わったら顔出してやってくれないか」
「……気に入らない言い方だけど、いいよ。早くやろう」
 あまり話を聞いてくれないじゃじゃ馬生徒が、珍しくディーノを見て会話をしている。話を聞いてもらう導入として彼女の話題を出すのは、実は初めてではない。未来の雲雀相手でも通じた戦法に、ディーノは微苦笑した。過去の彼はまだ知り合って間もない筈だが、余程印象に残っているのだろう。
「お前の様子を聞かれたから、直接聞けって言っといたんだ。まぁ、アイツなりに心配してたんだろ。何せ未来じゃお前らーー」
「跳ね馬」
「うおっ!?」
「お久しぶりです」
 ディーノとはまた違う鮮やかな色彩が揺れた。朝日を束ねたような金色の見慣れない眩さに、雲雀がじっと見つめる。穏やかな朝焼けのような女だと思った。
 それを誰かわからないのだと受け取った彼女が、あぁと頷いた。
「ニュクス……ええと、あなたと戦った者です。黒染めは校則違反と言われました」
「見ればわかるよ。君、隠してたんじゃないの?」
 雲雀が首を傾げた。顔も色彩も、その悉くを隠していたという少女の記憶はまだ新しい。
「必要がなくなったので」
「……そう。あれ不自然だったから、そっちの方がいいよ」
 彼女が隠すことを辞めた時。その方がいいと、かつて未来の雲雀も同じことを言っていたことは、秘密にしておこうとニュクスは思った。
 
 ×××

「私以外に、負けないでね。キョーヤ君」
 別れ際、軽く袖を引かれた雲雀が振り向くと、彼女は穏やかにそう言った。
 濃い蜜色が柔らかく細まり、桜色の小さな唇が微かに弧を描くと、雲雀の心臓は一度だけ強く脈打った。
「当然だよ。それと、君にも負けないから」

 ×××

「なに」
 他の修行を見に行ったディーノと別れ、ニュクスと雲雀が風紀財団のエリアに向かう途中。丸い満月が双つ、じっと雲雀を見ていることに気がついて、雲雀は彼女へと振り向いた。
「いえ……貴方と目線が近いことが、懐かしくて。随分と前から、見上げてばかりだったから」
 今は小さいと言いたいのか。そう出かかった声は、思いの外穏やかに微笑むニュクスに驚いて飲み込んでしまった。
 朝日を束ねた鮮やかな髪の奥で柔らかく細まる蜜色に目が奪われる。瞬きのたびに星が散るような錯覚すら、雲雀はおぼえた。
 少女が随分と整った顔立ちであるとは、彼女の面を割った時から思っていた。けれど、過去からきたばかりの雲雀は眉間に皺を寄せた顔か、魅了の視線を投げる鋭い眼差ししか知らない。十年も経てばこんな表情も出来るのか。何が彼女をそう変えたのかと、ついニュクスの顔をじっと見つめた。
「……なんですか?」
「君は、そうやって笑ってる方がいいよ」
 冷たいアルトすら、甘く響いている。
 女性らしい丸みを帯びた柔らかそうな頬に、陽を知らない透き通った肌。煮詰めた蜜のような瞳は舐めたらきっと、さぞかし甘いのだろう。
 雲雀の眼差しに一瞬きょとりと目を瞬かせた彼女は、息を漏らすように小さく笑った。未来の雲雀も、かつて同じことを少女に伝えていたからだ。
「……それで、君は何の用で僕のところに?」
「隊服の予備を回収したく」
「予備?」
「以前、置いてった隊服があるの。奥の客間だったかと思うけど」
「ああ、あの部屋か」
 そう言われて、雲雀は一つだけ洋室があったことを思い出した。純和風の造りの中で、ただ一つ異質な部屋。なるほど、あれは彼女のための部屋だったのかと、納得する。
 一体未来の自分達はどういう関係なのかと疑問が湧くが、過去の自分には関係ないだろうと、雲雀は落ち着かない心を抑えるように宥めた。



20240121

- 84 -


[*前] | [次#]
ページ:



[戻る]

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -