短編 | ナノ

沢田家長女 64


 ×××

「君、強いの?」
「さぁ……でも、ヴァリアーでは弱ければ死ぬだけよ」
「同感だな。君とは話が合いそうだ」
「それは、どうかしら」
「……?」
「だってーーここで負けるのは、あなただもの」
「……へぇ、」

 ×××

 ニュクスの長槍が雲雀のトンファーを砕くと同時に、彼女の面もトンファーで軌道を逸らした銃弾が当たり、音を立てて割れた。
 咄嗟に距離を取ることを選んだ少女からは、驚いた気配がした。折れたトンファーを放り、新たに予備を取り出した雲雀が目を細める。
「その面、何か仕込んでるだろ。中々狙いが合わなくて苦労したよ」
「……これを壊せたの、あなたが初めてよ」
「あまり必死に隠すから、気になってね」
 エースと言うのも、誇張ではないようだった。極東で平凡な学生生活を送っている候補者が用意したにしては、明らかに毛色が違う人選だと彼女は思った。
 風に煽られたニュクスのフードが落ちた。夜空を溶かしたような髪がこぼれる。ザンザスの暗闇に溶け込む黒とも異なるそれは、照明の強い光を受けてもなお暗く垂れ、晒された白い肌を縁取っている。
 顔を上げたニュクスを見て、雲雀の動きが止まった。
 面に隠されていた貌は月光しか知らぬ夜の佳人のように美しく、満月に染まる冷たい瞳がやけに印象的だった。
 白い肌、黒い髪、黒い隊服。唯一鮮やかな色彩を持つその眼に視線が引き込まれる。
 決して、その輝きに、美貌に、惑わされた訳ではない。
 魅了の魔眼だ。それも宝石以上、黄金に近い輝き。
「動かないで」
 力が抜けたように、雲雀は地面に片膝をついた。
「っ……」
「ーーヒバリさん!」
 たまらず叫んだ綱吉の声が響く。
 雲雀の視界が揺らぐ。意地と気力だけで抵抗する雲雀の身体は軋み、骨と筋肉が異様な音を立てた。
 少女が近付く。瞳から目を逸らせずにいる雲雀は自然と彼女を見上げる形となった。
 夜空を背負い立つ少女が槍を持つ手を掲げる。その拍子に揺れた黒髪が空を透かすのを見た雲雀は、あ、と思わず声をあげた。
「その、髪。校則違反だよ」
「……はい?」
「並中では黒染めも禁止だ」
「ルッスーリアはいいの?」
「……あれは、大人だろ」
 彼と呼ぶべきか、彼女と呼ぶべきか。悩んだ雲雀の言葉に、僅かに間ができた。
「そもそも私、部外者ですけど。……まぁ、いいです。どうせこれで終わるのだから」
 少女は困惑を浮かべたまま、かざした槍を振り下ろした。
「っ……ヒバリさん!!」
 雲雀の指摘に呆気に取られていた少女の顔は、思いの外あどけなかった。

「……はい、指輪は貰いますね」
「えっ……い、生きてる……」
 軽い音を立てて指輪を繋いでいたチェーンが切れる。
 落ちたそれを難なく受け止め立ち去るニュクスに思わずそうこぼした綱吉へ、彼女は振り向いて口を開いた。
「これ、こういうルールでは?」
「そ、それは……そうです、ケド……」
 指輪の奪い合いだと言っているのに、やけに殺意の高いフィールドで、相手も殺す気で来ていた。何か連絡の行き違いでもあったのかと少女が首を傾げる。
 そのままフィールドから出ようとした少女は、背中に感じた殺気に振り向いた。眼前に迫る銀色の塊に目を瞠り、咄嗟に腰に下げていた鉄杭で受け止めた。
「まだ出来るだろ、君」
 足払いを避けた少女が横へと飛び雲雀から距離を取る。
「指輪を獲ったので試合は終わりです。そうですよね、チェルベッロ」
「指輪とか僕には関係ないよ。君は僕が咬み殺す」
 きっと彼女は楽しめる。眼は厄介だが、やりようはいくらでもあった。何より、久々に血を滴らせた姿を見たいほどの相手なのだ。
 雲雀は口の端をつり上げると、彼女へ接近するため地面を蹴った。

「……モスカ、止めてこい」
 再び武器を交え始めた彼らの頭上、屋上から眺めていたザンザスが傍の機兵へと命じる。不気味な呼吸音を響かせて下へと飛んでいったその姿を見送る彼は、薄く微笑っていた。

 ×××

「ザンザスにしちゃ珍しい、飾った名付けだったがな。まぁ、悪くねぇだろ。暗殺部隊(ヴァリアー)に置かれた夜の女神(ニュクス)だなんて、これ以上ないくらい縁起が良い」

 ×××

「ザンザス」
「……カスが」
 穏やかな声に、ザンザスは目を開けた。指輪に拒まれ、無様に倒れ伏す彼を覗き込むようにして少女が膝をつく。
「玉座でも王冠でも、あなたが望むなら私がなるよ。お兄ちゃん」
「ーーそうか」
 囁かれた声は密やかに、風が運ぶ枯葉の音でかき消えてしまいそうなほど小さかった。紅玉と琥珀の視線が重なる。
 かつて、幼い彼女を害そうとして返り討ちにあった男もきっと、同じであったのだろう。何せ彼女に流れる血は本物で、資格を持たない身であるザンザスにとってはこれ以上ない証である。
 けれど、だからこそ、その可能性はあり得ない。
 いくらその座を渇望していようと、ザンザスは決して、施された玉座には座らない。己の手で掴み取ってこそ、王冠は輝くのだ。
「テメェの施しは受けねぇ。死んでも断る」
「そう、わかった」
 初めから分かりきっていたように、少女の答えは淡々としていた。

「ま、待て! お前は、名前なのか!?」
「え……?」
 じっと戦いを見つめていた家光が、焦ったように少女へと声をかけた。
 沢田名前。綱吉の記憶に朧げにある、姉の名前だ。十年近く前に事故で亡くなったらしい、年子の姉。
 その名前が突然出てきたことに、綱吉は驚いて家光を見上げ、そう呼ばれたニュクスへと視線を移した。
 途端に、数多の視線から隠れるように彼女はフードで顔を隠す。
「どなたかと、お間違えでは?」
「っ……答えろ、ザンザス。彼女はいったい、どこから連れてきた!」
「……ナンパにしては、ひでぇ話だな。家光」
「真面目に答えろ。まさか……あの日お前がいたこと、オレが知らないとでも思ったか?」
「……、」
 ……気付いたのか。
 なおも言い募る家光に、ザンザスは僅かに目を見張った。
「その名を持つ子供は、もういません。そうしたのはあなた達だ」
「名前ちゃん……君には本当に、すまないことをしたと思ってる」
「……九代目。今の私はニュクス。ヴァリアー隊員の、ただのニュクスです。あなたが謝るべきは、私ではない」
 だから謝罪に意味はないのだと、少女は言外に滲ませた。
 沢田名前は、ザンザスの手を取ったその時に死んだのだから。


20240120

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