僕らの終焉紀行 | ナノ

笑っちゃうくらいの破壊衝動




顔を見なくなって一週間。流石に心配になって、勝手に作らせてもらった合い鍵(もちろん事後承諾はした)を使い勝手に部屋に上がらせてもらった。
リビング、寝室と回ってみたが、相変わらず学生の一人暮らしにしてはあまりにも物が少なすぎる、本当に必要最低限の物しか置いていない生活感皆無の家だと思う。

「…………?」

ふと、一室から聞こえてきた水音。その意味に気づき内心またかと呆れながらその扉を開いた。

「またっスか、識さん」

日焼けを知らないかのような不健康な白い肌に、透明な水の雨に混じり赤い雫が点々と浮かび上がる。
所々に滲む赤に、閉じかけた虚ろな瞳。そして水で肌に張り付いたカッターシャツが酷く色っぽい。そっちの気がなくとも欲情しそうになる程に、弱った彼は怖いほど色気があった。

「…いつまでもそんなカッコじゃ、風邪引いちゃいますよ」

流れ出る水を止めて貧血でぐったりとした身体を抱き上げる。予想以上に軽いそれに驚きつつも、綺麗に整えられたシーツの上に起こさないように寝かした。

「まったく…あまり心配させないで下さいよ」

彼が起きた時の為に水と薬を用意してベッドに腰を下ろす。風邪を引かないように服も着替えさせたし、することはもう無いだろう。
顔にかかった飴色の髪を払い、こうなった原因を考えてみる。
識が、所謂自傷行為をすることは度々あるのだけれど、理由を聞いた事も話されたことも一度もなかった。一応保護者として聞いた方がいいと夜一さんには言われたけど、何となく、自分から話してくれるのを待った方がいいような気がしていたから。
…でも、今日の様に意識を失うまで酷くなるなら、問いただすべきなのかもしれない。

「…………きすけ、さん…?」

今後の事を色々と考えていたら、今にも消え入りそうな声で呼ばれ、気だるそうに自分を見つめる朽葉色の瞳と目が合った。

「落ち着きました?」

影の差した顔が僅かに縦に揺れる。

「………ぼく、また死ななかったんだ」

「残念ながら」

「そっかぁ…」

あーあ、と声をもらし、袖を掴んでいた血の気のない白い腕がまたシーツに沈んだ。




  * * * *




識が再びぼんやりと天井を見つめ始めてから数分、彼はぽつりぽつりと語り出した。

「…なんかね、死にそうになると、いつも声が聞こえるんだ」

「……………」

「ずっと昔に聞いた気がするんだけど、目が覚めるとどんな声だったか忘れちゃって」

時間が経つと、声を聞いた事すら忘れちゃうんだ、と呟く識はその声の事を思い出しているのか、今にも泣きそうな表情だった。

もし、彼の今までの行動が全て声の主を思い出す為なのだとしたら、きっと幻聴だろう、気にしすぎだと軽く言うには、彼はその『声』に依存し過ぎている気がする。

「……アタシは、ゆっくり思い出していけばいいと思いますよ」

「…ゆっくり?」

「ええ、ゆっくりと。…何も今すぐ思い出さなきゃいけない訳じゃないんでしょう?」

「うーん、そうなんだけど…何か、できるだけ早く思い出したいんだよね」

…でも、ゆっくりでもいっか。と適当に笑った識の頭を優しく撫でる。

「ふふっ、喜助さんが頭撫でてくるなんて珍しいね」

明日は槍でも降るのかな、なんていつものようにふざけ始めた識に、調子が戻って良かったと安心した。

「…ふー、血が足りないのかな?なんかまた眠くなってきちゃった」

「薬は飲みましたか?」

彼に定期的に渡してる薬は、血液増量剤も兼ねた霊圧を抑えるものだ。常人よりも強い霊圧を無意識に放つため昔から虚に狙われやすかった識の為に新しく開発したそれは、最近は専ら血液増量剤として使用している。

「うん」

「ならいいです。……さあ、早く寝ちゃいなさい」

「はーい…」

そう言って、ニコニコと笑っていたのが嘘のように識はすぐに眠りに落ちた。

「…こうしてれば、ただの子供なんですけどねぇ」

時々起こす、彼の常人には到底理解出来ない行動。それの対処が面倒くさいならさっさと手放せばいい。彼の性格上、こちらから突き放せばもう二度と関わろうとはしないだろう。
そう分かってる。それなのに、









笑っちゃうくらいの破壊衝動








それでも手放さないのはきっと、自分が彼の全てを知り理解できた唯一の人間だと、自惚れなんかでも自意識過剰なんかでもなく、本気でそう思っているから。
それに、彼を捨てちゃいけないような気がしてならなかった。

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