僕らの終焉紀行 | ナノ
ナイフと花束
仮面が割れ、一護の姿が元に戻る。
あの時、一護から向けられた切っ先は、微かに震えていた。
「終わった…?」
何かが一護の身体から舞い上がり、空いた孔に吸い込まれていき、辺りに衝撃が走る。
「…孔が…塞がった……?」
石田くんの言葉に、ウルキオラの抱きしめる強さが強くなった。
「…く…黒崎……くん…?」
姫ちゃんが恐る恐る一護に声をかける。
「…おれは……?!」
はっとしたように、一護が飛び起きた。
「胸に孔を…あけられた筈じゃなかったのか…!?」
「黒崎、くん…」
「井上…無事か?」
泣きじゃくる姫ちゃんが、微かに頷く。
「識…」
「ウルキオラ?」
長い溜め息と共に、白い腕に力が籠もる。
「…お疲れさま、ウルキオラ」
生きてくれて、ありがとうと。抱きすくめるウルキオラに、そう告げた。
頷くように首筋に顔が埋められた瞬間、一護と目が合って、身体が硬直した。
「確かに仮面は割った。…大丈夫だ、識」
すぐに分かったのか、耳元で小さく囁かれる。
頭を撫でる、体温の低い手に安心して。起き上がって呆然と此方を見る一護に向かって、吐き捨てるように言った。
「一護の馬鹿」
* * * *
護らなければという強い思い。そして、深い後悔の念。
目を覚ました時、驚愕した。
「…おれは……?!」
目の前には泣きじゃくる井上、横に安堵したような表情の石田。
そして―――…
「……、…胸に孔を…あけられた筈じゃなかったのか…!?」
ウルキオラの腕の中にいる、識。
「黒崎、くん…」
「井上…無事か?」
泣きじゃくる井上が、微かに頷いた。
「識…」
「ウルキオラ?」
いやでも耳に入る声。
こそこそと、何かを話した後。
「…一護の馬鹿」
ボロボロの識が、ウルキオラの腕の中で悪態をついてきた。
「そうだな…馬鹿黒崎」
「うっ…ひっ、…くろ、さきくんの…ばかっ!」
「…井上まで!?」
石田に続いて井上まで。しかもウルキオラには鼻で笑われた。
でも、泣きながら識の名前を呼ぶ井上はどこか幼くて。それにはいはいと言いながら慰めに行く識も、前よりずっといい表情をしている。多分、これがきっとあの二人の本来の姿なのだろうと思う。
「…」
「……なあ、俺はいったいどうなってたんだ?」
じゃれあう二人を見ながら、どこか暗い顔の石田に問いかけた。
「それを知って、貴様はどうする」
言いよどむ石田を見て、ウルキオラが代わりに言う。
「…!ウルキオラ、お前孔が…!!」
ウルキオラの、破れた服から覗く胸元には孔が無かった。
「………見て分かるだろう。塞がっただけだ」
お前の虚閃を受けてな、と続けられた言葉に、理解する。
「そう、か…」
識がボロボロなのも、井上が泣きじゃくってたのも、全部俺が意識飛ばして虚化してしまったから。
* * * *
「ひっく、…識、くん…!!」
泣きじゃくりながら僕を呼ぶ姫ちゃんに、無言で言ってこいと、背中を押したウルキオラ。
「はいはい、今行きますよっと…」
近づけば姫ちゃんは子供のように抱きついてきた。
「識ぐんー!!」
安心したのか、涙腺が崩壊しているらしい。
「あーほら、よしよし」
背中を撫でつつ頭を撫でたら、余計に涙が出てきて、ちょっと焦る。
「うっ…ひっ、く…」
「ほら、もう泣かないで」
ごめんなさい、と泣きながら呟かれた言葉に、身体が固まった。
「わた、わたし…ほんと、はっ!!」
すがりつくように僕の服を掴む手が、振り払えない。
「ほんとは、識くんにっ…謝りたくて、それでっ…」
涙でぐしゃぐしゃの顔。
「また、昔みたいに、一緒にいたいよっ…!!」
一緒にいたい。嗚咽混じりで聞き取りにくかったけれど、それだけははっきりと聞こえた。
「…もう、怒ってないよ」
最初こそ憎くてしかたなかったけれど、兄さんと二人、僕を置いて出て行ったことはもう、怒ってない。
「本当、に…?」
本当は、羨ましかっただけで。純粋なままでいる姫ちゃんが、羨ましくて仕方なかった。
「うん、本当。…だから、泣き止んで?」
もう、いいんだ。終わった過去の事は。
「う、…識くんー!!」
笑ってそう言うと、耐えきれなくなったのかまた泣き出した。
「あーもうほら泣かない!!」
服の汚れてない部分で顔を拭うと、姫ちゃんは少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑って。
「…仲直り、だね」
どちらからともなく言ったのは、喧嘩しては仲直りする度に言っていた言葉だった。
* * * *
「識」
ウルキオラに呼ばれ、振り向いた。
「お前はこの後、どうしたい」
「え…?」
「俺はもう、十刃では無くなった」
多分、もう破面でもない。
そう言ったウルキオラの胸には孔も、4の数字も無い。
「僕、は…」
みんなが僕を見ている。
「…もう、戦いたくない」
現世で、ウルキオラと静かに暮らしたい。
「俺も、同じだ」
微かにウルキオラが微笑んだ瞬間、さらさらと、ウルキオラの頭部にあった仮面が崩れていった。
「仮面が…!」
「どういうことだ…?」
困惑したようなウルキオラの表情。ウルキオラも、原因は分からないらしい。
石田くんも驚いたように僕らを見ている。
≪…想いに応じて、姿が変化したのではないですか?≫
言ノ葉の声が辺りに響く。
≪安心してください。わたしの声はあなたにしか聞こえていませんよ≫
「…もしかしたら、現世で過ごせって事なのかもね」
つい先ほどまで仮面があった所に、手を当てた。硬い仮面に覆われていたそこは、今はもう柔らかい髪が露わになっている。
「…そう言えば、浦原さんも、お前と同じこと言ってたぜ」
「…?」
「敵だろうが味方だろうが、誰かと一緒に、静かに暮らしたいって言うだろうってさ」
目の奥が、熱くなった。
「その大切な奴が誰だろうが、応援するって。…浦原さん、言ってぜ」
何も言わず出て行ったのには相当怒ってたけどな、と続いた言葉に涙が引っ込んだ。…電話、したのに。
良かったな、と髪を撫でるウルキオラに頷いた。
「……勝て、黒崎一護」
一護を真っ直ぐ見て、ウルキオラが言う。
「おそらく、藍染様を倒せるのはお前だけだろう。…俺たちは黒腔を開いて、空座町に出たらすぐに浦原喜助の下へ行く」
だから、勝て。
「ああ…わかってる」
笑った一護に背を向けて、僕とウルキオラは、ウルキオラが開いた黒腔で空座町へと向かった。
ナイフと花束
(過去にナイフを)(未来に花束を)
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