僕らの終焉紀行 | ナノ
朱に染め上げた鎌
一護は、確実に暴走する。
だから、それまでに僕はやれるだけ準備をしよう。
≪…決めたのですね≫
隣りで言ノ葉が微笑んだ。
「守る為に、戦うよ」
≪生きる為、ではなく?≫
あの時、僕は半ば自ら死にに行ったようなものだった。けれど、ウルキオラは違う。
だから、僕はウルキオラを守る為に戦いたい。
「それでも結果的に、生きる為になるんだけどね」
小さく笑みを零し、掌に力を込めた。
≪…結界ですか≫
四方に置かれた札を目印に、幾重にも結界が作られていく。
月光に透ける紺青色は、僕の霊圧の色だそうだ。
「ウルキオラの提案で、僕らの本部だよ」
時が来るまで僕の身を隠す為と、彼に何かあった時の為の、避難場所。
「二人で戦おうって、言ってくれたんだ」
頼ってくれたのが、何よりも嬉しかった。
「さて、これくらいかな」
透過、と呟けば、言葉が言霊に変わるのが目に見えて、その後すぐに一瞬だけ月がぐにゃりと歪んだ。
これでもう、術者の僕と言ノ葉、そしてウルキオラ以外にはこの小さな結界は見えないし感じられない。
≪……あちらも、始まったようですね≫
地震のように地面が揺れたのを感じ、言ノ葉が僕を見た。
虚夜宮の天蓋の上にも伝わってくる程の振動と霊圧は、ウルキオラと、多分もう一つは一護のものだろう。
「…負けないよ」
≪それは…言霊、ですか?≫
「違うよ、言ノ葉」
不安げな言ノ葉に、微笑んだ。
「信じてるんだ、お互いを」
離れているけれど、僕らは今、お互いに背中合わせで戦っているから。
* * * *
前もそうだったが、以前と比べるとやはり動きが鈍くなってきているように感じる。
再生速度も少し落ちた。
「以前に戦った時のてめえは、動きが全く読めなかった」
それは何かを得た代償だと、ザエルアポロは言っていた。
「攻撃も防御も反応も速度も方向も…どこからも何も読み取れなかった」
以前の俺なら理解出来ずそれを拒絶していただろうが、今なら、解る。
「それが読み取れるようになったのは、俺が虚に近付いたのか…それとも、てめえが人間に近付いたのかも知れねえな」
人間になれば、識と共にいられる。それならいっそ、破面でなく人間として生まれたかった。
「俺が…お前等人間に近付いただと…?」
心を得た俺は、確かに人間に近付いたのかもしれない。しかしまだ、俺は人間に近付いてはいけない。
「この程度のレベルについて来れるようになった事が、余程気分が良いらしいな」
お前を倒したその時、俺はやっと識の隣に並ぶ事ができる。
「くっ…!」
響転で背後に回り込み、刀を振り下ろす。前より早いタイミングで動いた。うまく事が進めば、これで決まるはず。
識に余計な心配をさせずに済む。それなのに。
「…何をしている」
薄い橙色の壁に、また阻まれた。
「……え…?」
「何故助けたと、訊いているんだ」
「何故って…そんなの…」
「仲間だからか。それなら何故最初の一撃から奴を守らない。何を躊躇った」
識なら、躊躇わなかっただろうけどな。
「…!」
「…うるせえよ」
ためらったとか何だとか、下らないことだと、どうでもいいと、奴は言う。
「助けてくれてありがとな、井上。けど、危ねえから下がっててくれ」
「…黒崎くん…」
弟の事は既に頭の中に無いのか、奴を心配そうな表情で見ている。
「……」
奴らに対する感情が、冷めていくのが分かった。
* * * *
「…二兎追うものは一兎も得ず、だな」
呟いた言葉に黒崎一護が反応する。
「結局お前は、どちらを助けに来たんだ」
「…どういう意味だ、ウルキオラ」
「お前は井上を助け出すと意気込んでいたが…今の虚夜宮には井上の姓を持つ人間は二人存在する事を忘れたか」
識と、その女。
「…お前がそんな態度だから識は振り向かないんじゃないのか?」
それでなくとも、識はお前に靡く事はないがな、と付け足せば眼が鋭くなった。
「もし、識に何かあったら俺はお前を許さねえ」
「…何かしたはお前の方だ」
識ごと俺を葬ったくせに。そう言っても、知ってる奴は俺を含め三人だけだが。
「何だと…?」
「直に解るだろう」
流れが変わらないのなら、な。
「意味わかんねえ事言いやがって…ウルキオラ、意外と喋るんだな。お前、もっと無口な奴だと思ってたぜ」
人間は変わる。それと同じように、破面も変われる。
「甘いな…仮面を出さない月牙など、どう使おうが無駄な事だ」
どんな状況だろうが、負けるつもりは毛頭ない。
例え、誰かが犠牲になろうとも。
朱に染め上げた鎌
(振り下ろす刀)(その一太刀一太刀には俺の、)(俺達の未来がかかっているから)
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