僕らの終焉紀行 | ナノ

押し殺した憎悪







『識、もし次があるならば…』

「っ―――――!!!!」

夢の中で聞こえた酷く悲しげな声を聞いていたくなくて、毛布を跳ね飛ばし僕は跳ね起きた。

「はぁ、はぁ……」

汗でぐっしょり濡れたTシャツを脱ぎ捨て、顔に張り付く前髪をかきあげる。

「、っ…」

何か悲しい夢を見ていたのだろうか、涙が溢れて止まらない。

『…識、俺は……』

「やめろっ」

夢の内容は覚えていないのに、今も低く穏やかな声が僕の耳から離れなくて、

『ずっとお前だけを…』

聞くだけで何故か安心する声なのに、胸が抉られるように痛くて苦しくて堪らない。

「ねえ、あんたは一体…」

微かに脳裏に蘇った綺麗な翡翠にはやっぱり覚えがなくて、でもどうしてか安心してしまった僕はそのまま再び眠ってしまった。




  * * * *




明け方見た夢の事は内容も見たという事実も綺麗さっぱり忘れ、僕は通常の平凡な日常へとルートを戻した。

「おはよう、一護」

ぼんやりと廊下を歩く、自分より数十センチも高い友人に向かって不意打ちとばかりにタックルをかます。

「うおっ?!」

「ふふっ、あんまりぼんやりしてると寝首かかれちゃうよ」

あれ、でもなんか使い方違うな。と呟けば、「朝から物騒なんだよオメーは」と言われデコぴんをくらった。手加減無しのようで、結構地味に痛い。

「いっちー痛い!…もしやこれって巷で有名なDV?ドメスティックバイオレンスってやつでしょ!!」

「んなワケあるかっ!!」

僕がからかって一護が突っ込む。一部の生徒には見慣れた光景に、偶然見かけた人はクスクス笑いながら通り過ぎていった。

「冗談だって、まったく一護は―――――」

面白いくらいノリがいいよね、と言うつもりでいたら、それは視界に入った長くて明るい髪の主に遮られた。

「わっ…!!」

「おっと、悪ぃ井上」

「こ、こっちこそごめんね!!……って、あれ、黒崎くん!」

「よう、井上」

「おはよっ、黒崎くん!」

一護が壁でよく見えないけど、今私は楽園にいます、と言わんばかりの幸せそうな声。きっと笑顔も眩しいくらいに輝いているんだろうね。
でも、今はその笑顔が酷く苛立たしい。

「あ――――」

ふっと顔が横にずれて、満面の笑みのまま僕と目が合う。

僕はそんな風に笑えない。
(だって笑い方なんて忘れてしまったから)
僕はそんな風に喜べない。
(だって何に対して喜べばいいか知らないから)
僕はそんな風に過ごせない。
(だって僕は――――――――)

「おはよう、織姫ちゃん」

なんで、いつも、お前だけが…!!!
さり気なくポケットに手を突っ込んだふりをして、そこに隠し持った折り畳み式ナイフを握りしめる。まるで、昔から持ってる御守りのように、殺気立つ心を鋭い刃で静めるように。
双子でも、生活環境が違うだけでこんなにも差が出るなんて、人って本当、面白いよね。募る狂気を笑顔に隠し、僕も万人受けする人畜無害な笑みを向けてみた。










押し殺した憎悪










そうして僕は今日も笑う。
穏やかな笑顔を貼り付け、今日も優しく君を嗤う。

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