僕らの終焉紀行 | ナノ
零れ落ちた感情
懐かしい夢を見た。
目が覚めたら、隣にはあの子がいて、その向こうに兄さんがいる。そして僕があの子を起こして、あの子が兄さんを起こして、兄さんが作った朝食を三人で食べる。
そんな、大昔の出来事。
あの頃はそんな事を幸せだと思っていた。だから、今でも時々思う。
もしも、今までの事が全て夢だったなら、と。
あの子と兄さんが家を出たのも、両親が死んだのも全部本当は僕が見た夢で、今だって目を開ければあの子が隣で寝てるんじゃないのか、なんて。
…全部夢なら、それでいい。
本当は、僕だって―――と、そこまで思って、ゆっくりと目を開けた。
見えたのは懐かしい茶色い天井でも、いつもの白い天井でもなくて、半透明に透けたレースのカーテンが付いた天蓋だった。
「識、入るぞ」
低いその声に、今が現実なんだと思い知る。
「識…?」
下ろされたレースが空気の流動でふわりと揺らめく。
「どうしたの、ウルキオラ」
身体を起こし、閉められたレースのカーテンで薄ぼんやりと見えるウルキオラを見た。
「そろそろ行く時間だ」
カーテン越しの直ぐ傍にウルキオラが立った。
どうやら、随分と寝ていたらしい。
「…識、どうかしたのか」
「大丈夫だよ。…すぐ、行くからちょっと待って」
手触りの良いレースのカーテンを開けて、ベッドから足を下ろす。
「…ウルキオラ…?」
ブーツを履いていたら、突然頭に何か乗っかった。
ウルキオラを見上げるとぎこちない動作で僕の頭を撫でている。
「無理は、するな」
眉根を寄せて僕を見るウルキオラに、背筋がひやりとした。
「…、」
もしかして、怒ってる…?
特に無理をした覚えは無いけれど、ウルキオラには無理をしてるように見えたのだろうか。
「顔が泣きそうだ」
そう言うと、冷たい手で頬を包み、翡翠の瞳が全てを見通すように僕を見た。
「心が無い俺にはお前の気持ちは分からない」
優しく言い聞かせるようなウルキオラの口調に、何故だか泣きそうになる。
「だが、理解出来ずとも俺は、こうしてその涙を拭うことくらいは出来る」
「あ…」
そう言って少し乱暴に、頬を伝う涙を親指で拭った。
「ウル、キオラ…僕、あの…」
変わりつつある環境に幸せだと思ってた過去の夢。
もしかしたら、不安だったのかもしれない。
ウルキオラの低い体温と優しい声に、涙が溢れ出てくる。
「大丈夫だ。俺がいる」
そう言って重ねられた額に、また涙が零れた。
零れ落ちた感情
(頬を伝う冷たい滴)(それを隠すことすらできない僕)
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