僕らの終焉紀行 | ナノ
未だ見えぬ世界へ
帰って少し寝たら、夕方になっていた。戻ってきたのが昼前だから、随分と寝ていたみたいだ。
ふと視線をずらすと、テーブルの脇に置かれた携帯が着信を知らせるように点滅している。
携帯を開くと、見慣れた番号の上に小島水色の文字。
「…もしもし、水色?」
『眠たそうだね、識。今まで全く連絡取れなかったけど、大丈夫?』
水色の少し素っ気ないけれど、柔らかい声に安心する。
「うん、大丈夫」
『そっか、ならいいけど』
言葉の節に、いつもより棘がある。
「…もしかして、怒ってる?」
『よくおわかりで』
無駄にいい声で言わないでくれ。
「ごめんね、水色」
『…心配、してたんだからね』
小さく呟かれた言葉にどきりとする。
「うん…ありがとう、水色」
『何も聞かないよ』
「うん」
水色には、気付かれてる。僕に何かあったと。何かなくても、少し変わったと、気付いてくれた。
『識が話してくれるまで、絶対に何も聞かない』
悲しむべきか、喜ぶべきか、夏休みに入ってから僕に連絡してきたのは水色だけだ。
だから水色以外、誰も知らない。僕が連絡を絶っていた、なんて。しかも幸いなことに水色は口が重い。不用意な事は絶対に話さない。
「本当にありがとう、水色」
いつか絶対、話すから。
水色は約束だよ、と少し笑って電話を切った。
どうやら僕は、家族には恵まれなかった分、友達に恵まれたようだ。今ならそう、本気で思える。
* * * *
水色との通話を終えて、携帯の開閉を繰り返す僕は、ずっと昔、と言ってもそれ程昔ではないけれど、まだ浦原さんと呼んでいた頃に言われた言葉が頭を過ぎっていた。
「アナタの世界を見つけなさい」
言われた当初は何を言われたのかすら解らなかった。
でも、今は何となく解る。
喜助さんはきっと、自分が生きたいと、強く執着出来る世界を僕に見つけさせたかったんだと思う。この世に愛着を持てるように。生きている今を楽しいと思えるように。
実際、言われた当初の僕はただ人形のように日々を見ていたように思える。生きていると言うより、生かされているような感じだった。
でも今なら、解るよ。喜助さんの世界は、ここなんだね。
僕の世界は、今はここにはない。もしかしたら、何処にもないかもしれない。
でも、見つけたと思う。直感だけれど。
閉じた携帯を再び開き、電話帳から浦原商店の文字を捜す。高確率で居留守を使ってるあの電話なら、多分、今の時間も留守電になってるはずだ。
微かに震える手で通話ボタンを押す。数秒の呼び出し音の後に聞こえた機械的な音声にほっとしつつ、背筋をしっかりと伸ばした。
ピー、と録音開始の合図の音が聞こえる。
「…僕の世界が見つかりました」
多分、それはあなたの望む世界とは正反対で、いつか敵となって恩を仇で返す日が来てしまうかもしれない。それでも僕は、そのいつかが来ても、あなたに牙は絶対に向けない。
「ありがとう、喜助さん」
あなたも僕の、大切な世界の一部だから。
そこまで言ったところで、終わりを告げる音が耳に届いた。
「水色だって待ってくれたんだ。僕も、待つよ。喜助さんが話してくれるまで」
* * * *
ありがとうの言葉が耳に反響する。
アタシが何も言わないから、彼だけが全ての全容を知らない。
それはいったい、どれほど寂しかったことだろう。
脳内に浮かぶ笑顔がやけに寂しげに見えてきた。それを振り払うように、閉じていた目をゆっくり開く。
「おかえりなさーい、みなさん」
小さく深呼吸をしてから、できるだけ明るく、おちゃらけて言う。
油断をしていたのかもしれない。
決して忘れていたわけではなかった。今回の事が終わったら、死神の事も自分の事も、全て話そうと決めていた。
中途半端に話して、中途半端に隠すのはもう止めようと、そう決めていた。
「お帰んなさい、黒崎サン」
でも結果的に、彼らに先に知られてしまった。先に教えなければいけなかった人に、何も言えてないままなのに。
未だ見えぬ世界へ
「本当に、すいませんでした…!」
ああ、この謝罪はいったい誰に向けたものなのだろうか。
(それぞれ帰路につく彼らを見つめる)
(識が、藍染に攫われてたかもしれないことは言えなかった)(結局、いつもアタシは…)
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