僕らの終焉紀行 | ナノ
汚した純情
解らなかった。
理解、出来なかった。
理解する必要などどこにも無いが、それでも何故か、その人間を知りたかった。理解してみたかった。
藍染様から言われた命令は、井上識という人間のただの様子見。
姿など見せなくてもいい。見せるつもりなどもない。
それに、そもそも普通の人間に俺が見えるはずもないのだ。
それなのに、
「貴様が、井上識か」
気がつけば俺はそいつの目の前に立っていて、刀の切っ先をその細い喉に押しつけていた。
霊圧はそこらのゴミと変わらないから俺のことが見える訳がない。見えないはずなのに、その人間は確かに俺をその眼に映した。
「そう、だけど」
小さく呟かれたその言葉に、ただの偶然じゃないことが分かる。
「………やけに冷静だな」
ゴミには耐えられない程の霊圧を放つ。それでも平然とするその人間に、コイツは霊圧を感じないのかとまで思った。未だそれは推測だが、もしその通りなら、これは使える。
しかしあまりにも平然としたその様子は、自分の置かれた状況が理解出来ていないんじゃないかと思う程で。
「俺を、ありえない存在だと思わないのか、人間」
「………どうだろうね」
適当なその答えに、真面目に答えろという意味を込めて霊圧をさらに上げた。
「驚かないのか」
それとも、ただの馬鹿か、恐怖で身体が動かないのか。
そう笑ったら、無表情だった顔はふてくされたような表情を見せて、その人間は言った。
「…別に。何も感じないだけ」
…やはりただの馬鹿か。
そう思い、そのまま去ろうとしたとき、俺が今まで見てきた人間と同じ種類ではなく、全く知らない種類なんじゃないかと錯覚する程に、感情の感じられない冷たい声が周囲を呑み込んだ。
「驚かないのか、だなんて愚問だよ。そもそも人は自分にとって予想外なことがあるから驚くのであって、予想外でなければ驚く必要はない。…まあ僕だって普通の人間だから多少は予想外のことがあったら驚くけど、それはほんの些細な内容だから大体のことは受け止めてしまって驚かないよ。それにね、君は自分の存在をありえないものだと思わないのか、って聞いたけど、ありえない出来事なんてこの世にはないんだ。だから、僕に言わせてみれば『ありえない』という言葉自体がありえないんだよ。だからたとえ、君が人外だとしても僕は驚かない。さっきも言ったけど、僕にとって『ありえない』という言葉こそありえないし、それにそもそもそれは数多に存在する可能性の世界では実際にありえる事実かもしれないのだから」
だから、僕は驚かない。
喉に押しつけられた切っ先にも、動揺しない。それがたとえ、自分が殺されるかもしれなくても。
「君が僕を殺す目的で僕の前に現れたのなら、早く殺してくれないかな」
冷気のような冷たい声で、歌うように言ったその人間の行動は俺の予想外そのものだった。
微かに動揺した己を悟られぬよう、喉に押しつけた刀を緩慢な動作で鞘に戻す。
そうだ、相手は十刃が殺す価値のないただの人間だろう。
殺す価値も無い、と告げて帰ればいい。接触するなとは言われていないが、俺の任務はただの様子見だったのだから。
「…貴様に興味が出た」
それなのに、俺の口から出たのは別の言葉で。
「また、気が向いたら見に来てやる。それまでには覚えておけ、俺はウルキオラ。ウルキオラ・シファーだ」
黒腔を開き、俺は半ば逃げるようにして人間の下から去った。
汚した純情
これから現世へ行くのが日課になるなんて、今の俺には知るよしもなくて。
藍染様に報告した後、次の日も引き寄せられるかのように、自主的に様子見に現世へ行った。
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